聖家族と羊飼い

ティツィアーノの初期作品『聖家族と羊飼い』

『聖家族と羊飼い』は、盛期ルネサンスのヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1510年頃に制作した油彩画です。この作品は、現存するティツィアーノの初期作品の一つであり、主題は羊飼いの礼拝から取られています。イギリスの美術コレクター、ウィリアム・ホルウェル・カーのコレクションを経て、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

主題

物語は、ローマ皇帝アウグストゥスの人口調査の勅令によって、聖家族がナザレからベツレヘムへ向かう場面から始まります。ベツレヘム滞在中、聖母マリアはイエス・キリストを出産し、夫婦は幼子を飼葉桶に寝かせました。その夜、ベツレヘムの羊飼いたちが羊の群れの番をしていると、御使いが現れ、救世主の誕生を告げました。御使いの言葉に従い、羊飼いたちは急いでベツレヘムへ行き、聖家族と飼葉桶に寝かされた幼子イエスを発見し、礼拝しました。この場面が『聖家族と羊飼い』の主題となっています。

作品の詳細

ティツィアーノは、この作品で若い羊飼いが聖家族を礼拝する様子を描いています。ひざまずいた聖母マリアは、飼葉桶に寝かせていた幼子イエスを両手で持ち上げ、支えています。聖ヨセフは、幼子イエスの両足を右手に乗せ、敬虔にひざまずいている羊飼いに息子の姿を見せています。飼葉桶は木の棒で編まれ、聖母マリアの背後には牛と驢馬が描かれています。画面右の遠景には、羊飼いにキリストの誕生を告げる天使が描かれています。

羊飼いの礼拝を主題とする絵画では珍しく、羊飼いは一人しか描かれていません。構図の中心は聖ヨセフであり、ティツィアーノは人物の身振りと配置によって、聖ヨセフの重要性を強調していると考えられます。この点は、この作品が聖ヨセフを熱心に信仰したパトロンのために描かれた可能性を示唆しています。聖ヨセフ信仰は特に北イタリアで広まり、聖ヨセフに捧げられた兄弟団が発注した祭壇画では、聖ヨセフが同様に重要視されて描かれています。もっとも、本作品は家庭における信仰のために制作された可能性も高いです。

人物像は解剖学的な正確さを欠いており、聖ヨセフは頭部が胴体に対して大きく、頭部の付け根も不自然です。対照的に、聖母マリアの頭部は小さく、身体は衣服の襞で覆い隠され、身体性はほとんど感じられません。これらの点は、ティツィアーノが初期の作品であることを示しています。

ティツィアーノは、母子の思いやりのある表情を、聖母の頭部と幼子の体を包む柔らかい白のリネンで強調しています。また、若い羊飼いに白い衣服を用いることで、母子を包む白のリネンとバランスを取っています。この点からも、ティツィアーノが初期の段階から色彩と構図を合わせて構想していたことがわかります。

影響と様式

この絵画はジョヴァンニ・ベッリーニの影響を受けていますが、瞑想的な様式と雰囲気のある風景は、ジョルジョーネの作品とより密接に関連しています。特に、画面左の夜明けの空を背景に、低木や雑草のシルエットが描かれた暗い土手は、ジョルジョーネの作品でしばしば使用される舞台装置です。しかし、人物と襞のある布地の様式は、ジョルジョーネよりも記念碑的で大胆です。制作年代を特定することは困難ですが、1510年から1511年頃に描かれた他の作品といくつかの類似点が指摘されています。

作品の状態

絵画は、風景の大部分、特に画面左側が摩擦で痛んでおり、聖母の青いマントの影は深みが失われ、平坦に見えます。聖ヨセフのローブも、紫色のグレーズが失われています。

来歴

この絵画は、1693年にローマのボルゲーゼ宮殿で記録され、18世紀末まで所蔵されていました。ナポレオンによるイタリア侵攻の際、ウィリアム・ヤング・オットリーがローマの貴族から作品を入手し、イギリスに持ち帰りました。1801年にロンドンで競売にかけられ、ウィリアム・ホルウェル・カーの手に渡りました。1830年にカーが死去すると、半年後の1831年にカーのコレクションはナショナル・ギャラリーに遺贈されました。

まとめ

『聖家族と羊飼い』は、ティツィアーノの初期の作品であり、彼の芸術的才能の萌芽を示す貴重な作品です。聖家族と羊飼いの出会いを描くこの作品は、聖ヨセフに焦点が当てられている点が特徴的で、初期のティツィアーノの色彩と構図に対する意識が見られます。また、ジョルジョーネの影響も見られ、初期のティツィアーノの芸術的な背景を理解する上で重要な作品です。

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