聖母の神殿奉献 (ティツィアーノ)

ティツィアーノの傑作『聖母の神殿奉献』

『聖母の神殿奉献』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1534年から1538年にかけて制作した油彩画です。この作品は、聖母マリアが幼い頃にエルサレム神殿に捧げられるという、外典福音書「ヤコブの福音書」に記されたエピソードを主題としています。

作品の背景

この絵画は、ヴェネツィアのサンタ・マリア・デッラ・カリタ同信会館のために制作されました。同信会は、1504年に同会館のアルベルゴの間を飾る大キャンバス画のコンテストを実施。パスクァリーノ・ディ・ニッコロが選ばれましたが、彼の死後、ティツィアーノに改めて制作が依頼されました。完成した作品は、長さ7メートルを超えるティツィアーノ最大の絵画であり、現在もアカデミア美術館に、同信会館があった場所と同じ場所に所蔵されています。

絵画の詳細

絵画には、神殿の階段を上る幼い聖母マリアの姿が描かれています。彼女は青い衣をまとい、長い金髪を後ろで束ねています。聖母を包む光は、彼女の神聖さを象徴しています。聖母の両親であるヨアキムとアンナは、群衆と共に聖母を見守り、ヨアキムはアンナの肩に手を置いています。

ティツィアーノは、聖母の奉献の場面を真横から捉え、画面左には階段の周りに集まり幼い聖母を見上げる群衆を、画面右には階段の最上段で大祭司ザカリアを描いています。この構図は、同時代の画家たちの作品からも影響を受けています。画面中央には卵を売る老女、右下には古代彫刻のトルソー、背景にはオベリスクが描かれています。

また、ティツィアーノは、群衆の中に同信会のメンバーの肖像画を織り込んでおり、慈善活動への言及として、子供を抱く母親に施しを与える場面も描かれています。この母親は、ヴェネツィアの美徳である「慈愛」の寓意である可能性も指摘されています。背景には、古典的な石柱の柱廊を備えた建物が描かれており、これはソロモン王の宮殿と考えられています。さらに、ドゥカーレ宮殿と同じ石積みのパターンで描かれた建物は、聖母伝説の舞台をヴェネツィアの都市に設定していることを示唆しています。

一方で、遠景に描かれた切り立った山の風景は、ティツィアーノの故郷であるピエーヴェ・ディ・カドーレの風景であり、故郷への想いが表現されています。

作品の象徴性

美術史家エルヴィン・パノフスキーは、前景に描かれた老いた卵売りと古代彫刻のトルソーを、新しいキリスト教に取って代わられようとしているユダヤ教と異教の神々という、二つの古代世界を象徴していると解釈しています。

作品の来歴

この絵画は、ジャンピエトロ・シルヴィオの『聖母の結婚』、ジローラモ・ダンテの『受胎告知』とともにアルベルゴの間の壁面を飾りました。19世紀初頭に同信会館が閉鎖され、建物がアカデミア美術館に改築された際、この絵画は元の場所に戻されました。2010年から2012年にかけては、セーブ・ヴェネツィアによって修復が行われました。

ギャラリー

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まとめ

『聖母の神殿奉献』は、ティツィアーノの卓越した技量と、深い象徴性に彩られた傑作です。聖母マリアの神聖さと、ヴェネツィアの繁栄、そしてティツィアーノ自身の故郷への想いが、この巨大なキャンバスの中に凝縮されています。現在もアカデミア美術館に所蔵され、多くの人々を魅了し続けています。

参考文献

イアン・G・ケネディー『ティツィアーノ』Taschen（2009年）
『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
森本奈穂美「ティツィアーノ作《マリアの神殿奉献》: カリタス図像とオベリスクの意味について」『社会科学』第48巻第3号、同志社大学人文科学研究所、2018年11月、59-82頁

外部リンク

アカデミア美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『聖母の神殿奉献』