聖母被昇天 (ティツィアーノ)

『聖母被昇天』は、イタリア盛期ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが描いた祭壇画であり、同名の作品が2点存在します。本稿では、ヴェネツィアのサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂に所蔵されている作品について詳しく解説します。

この作品は、ティツィアーノが1516年に制作を開始し、1518年に完成させ、同年5月19日に聖堂内に設置されました。本作によってティツィアーノは名声を確立し、ジョヴァンニ・ベッリーニの死後、センサリーア（公式画家）の地位に就くこととなります。また、この作品の成功がきっかけとなり、キプロス島の司教ヤコポ・ペーザロから『ペーザロの祭壇画』の注文を受けることになります。この作品は1519年から1526年にかけて制作され、同聖堂の左側廊に置かれています。

『聖母被昇天』は、キリスト教の教義である「聖母被昇天」をテーマとしています。画面は上部が半円状になっており、聖母マリアの頭部がちょうど円の中心に位置するように描かれています。中央には、多くの天使たちに囲まれながら、黄金色に輝く天空へと昇っていくマリアの姿が描かれています。マリアは、赤色の衣を身にまとい、青色のマントを羽織っています。画面上部には、威厳と穏やかさを兼ね備えた父なる神が描かれており、その左右には、大天使ミカエルがマリアの霊を示し、小さな天使がマリアの頭に王冠を被せようとしています。

画面下部には、驚きと動揺を隠せない使徒たちの姿が描かれており、天に昇るマリアを見守っています。画面最下部には、赤い服を身にまとい、両手を高く上げている人物の左足付近に、ティツィアーノのサイン「TICIANVS」が刻まれています。このサインは、画家の自信と作品への誇りを示すものとして解釈されています。

この作品は、ティツィアーノの卓越した画力と、色彩感覚、そしてダイナミックな構図によって、聖母被昇天の神秘的な瞬間を見事に捉えています。特に、画面全体を覆う黄金色の輝きは、天上の光を表現し、観る者を魅了します。また、登場人物たちの表情や仕草は、それぞれが抱く感情を豊かに物語り、作品に深みを与えています。ティツィアーノは、本作で、ルネサンス美術における宗教画の新たな地平を切り開いたと言えるでしょう。

参考文献
塩野七生・宮下規久朗『ヴェネツィア物語』新潮社〈とんぼの本〉、2012年5月。ISBN 978-4-10-602231-9。
中野京子『中野京子と読み解く 名画の謎 旧約・新約聖書篇』文藝春秋、2012年12月。ISBN 978-4-16-375930-2。

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