聖職者の巣穴

聖職者の巣穴：カトリック司祭を隠した秘密の場所

聖職者の巣穴（プリースト・ホール）とは、16世紀から17世紀にかけてのイングランドで、カトリック司祭が迫害を逃れるために有力なカトリック教徒の邸宅に設けられた隠れ場所のことです。この時代、カトリック教徒は厳しい弾圧を受けており、司祭たちは命の危険にさらされていました。

時代背景：宗教対立の激化

ヘンリー8世によるローマ教皇庁からの離脱以来、イングランドでは宗教的な緊張が続いていました。エリザベス1世の時代になると、公職や教会の役職に就く者に、国王への忠誠を誓わせる「エリザベス朝の宗教的和解」が導入され、カトリック教徒への締め付けは一層厳しくなりました。カトリックの信仰を捨てない者は罰金や投獄、処刑の対象となり、特にカトリック司祭は「教皇派」として厳しく取り締まられました。司祭を捜索する「司祭ハンター」と呼ばれる人々も現れ、投獄された司祭への拷問も横行しました。

1605年の火薬陰謀事件を機に、カトリックへの迫害はさらに激化しました。

聖職者の巣穴の構造

カトリック教徒の邸宅では、家宅捜索から司祭を守るために、秘密の隠れ場所が作られました。これらは壁の中、床下、羽目板の裏などに巧妙に隠され、司祭たちはそこで身を潜めました。邸宅の奥まった場所や屋根裏に、居室や礼拝堂のような様式で建築されていることもあり、安全にミサを行うことができました。祭服や聖具、祭壇などを隠せるスペースも設けられていました。

聖職者の巣穴は、暖炉、屋根裏、階段などに作られ、1550年代から1605年の間に多く建築されました。

ニコラス・オーウェン：巣穴作りの名人

イエズス会修道士ニコラス・オーウェンは、迫害された司祭たちを救うため、聖職者の巣穴の設計と建設に生涯を捧げました。彼の設計した巣穴は巧妙で、発見が非常に困難だったと言われています。煙突や羽目板の裏、水洗便所の中に組み込まれたものなど、様々な場所に巣穴が作られました。ノース・ヨークシャーのリプリー城や、ウスターシャーのハーヴィントン・ホールには、複数の聖職者の巣穴が存在します。ハーヴィントン・ホールには、大階段、羽目板の裏、偽の暖炉からの出入り口を含めて7つの聖職者の巣穴がありました。

オーウェン自身も火薬陰謀事件後、逮捕されロンドン塔で拷問を受け、命を落としました。しかし、彼の功績は忘れられることなく、1970年に殉教者として列聖されました。

聖職者の巣穴の有効性

聖職者の巣穴は、司祭たちを当局の追跡から守る上で大きな役割を果たしました。司祭ハンターたちは、大工や石工を伴い、あらゆる手段を講じて巣穴を探しましたが、多くの場合、発見には至りませんでした。しかし、巣穴に隠れた司祭たちは、飢えや渇き、狭い空間での苦痛に耐えなければなりませんでした。時には、飢餓や酸素不足で命を落とすこともありました。

聖職者の巣穴は、信仰を守り抜こうとした人々の勇気と、それを支えた人々の献身の証と言えるでしょう。

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