腸球菌

腸球菌

腸球菌（ちょうきゅうきん）は、主にヒトを含む哺乳類の消化管、特に腸の中に棲みついている細菌の一群です。これらの細菌は健康な状態であれば病気を引き起こすことはほとんどなく、私たちの体内で共存する「常在菌」として知られています。その形は丸い球状をしており、多くの場合、鎖状につながった形で観察されます。

分類と特徴

腸球菌は、単一の特定の細菌種を指すのではなく、「ランスフィールド分類」におけるD群に属するおよそ20種類の細菌の総称です。医学や衛生学の分野で便宜的に用いられる分類体系です。
これらの細菌は、酸素があってもなくても生育できる「通性嫌気性」という性質を持ち、細胞壁の構造から「グラム陽性」に分類されます。また、連鎖球菌の仲間でもあります。生理的な特徴として、ブドウ糖（グルコース）、麦芽糖（マルトース）、乳糖（ラクトース）、砂糖（スクロース）といった様々な種類の糖を分解してエネルギーを得ることができます。特に注目すべき特徴は、熱に対する強い耐性を持つことです。例えば、60℃の環境下で30分間加熱されても生存する能力を持っています。
さらに、カタラーゼという酵素を作り出さないことや、エスクリンという化合物を分解する能力を持つことも、腸球菌を識別するための重要な手がかりとなります。このエスクリン分解能は、検査室で腸球菌を検出するための試験法として実際に利用されています。
腸球菌の代表的な種類としては、エンテロコッカス属に分類されるエンテロコッカス・フェカリス（E. faecalis）、エンテロコッカス・フェシウム（E. faecium）、エンテロコッカス・アビウム（E. avium）、エンテロコッカス・カセリフラバス（E. casseliflavus）、エンテロコッカス・ガリナルム（E. gallinarum）、エンテロコッカス・フラベセンス（E. flavescens）などが挙げられます。

衛生学的な重要性

腸球菌は、環境中、特に人や動物の糞便によって汚染された場所に多く存在します。一方で、糞便による汚染がない限り、自然環境の水や土壌中で増殖することはほとんどありません。
しかし、非常に強い耐久性を持っているため、一度環境中に排出されると、大腸菌などの他の指標菌よりも長く生存する傾向があります。特に加熱や冷凍といった厳しい条件下でも生き残る能力が高いことが知られています。この性質から、腸球菌は環境や食品が人や動物の糞便によって汚染されているかどうかを判断するための「汚染指標菌」として利用されています。例えば、日本の食品衛生法では、清涼飲料水、特にミネラルウォーターなどの基準項目の一つとして腸球菌が指定されており、その存在を確認することで製品の衛生状態を評価する際に役立てられています。

病原性と耐性菌の問題

健康な人にとって、腸球菌は通常無害な存在です。しかし、病気や治療によって免疫力が低下している患者さんなど、細菌感染に対する抵抗力が弱まっている場合には、腸球菌が体の様々な部位に感染し、病気を引き起こすことがあります。これを「日和見感染」と呼びます。場合によっては、血流に乗って全身に広がり、「敗血症」といった重篤な状態を引き起こす可能性も否定できません。
さらに、近年、特に問題となっているのが、薬剤、つまり抗生物質が効きにくい「耐性菌」の存在です。特に畜産業界などで抗生物質が広く使用されてきた背景があり、その結果として抗生物質に対して耐性を持つ腸球菌が出現しています。中でも、「バンコマイシン耐性腸球菌（VRE）」は、多くの抗生物質が効かない多剤耐性菌として、医療現場において非常に大きな懸念材料となっています。VREによる感染症は治療が困難であるため、その拡散防止が重要な課題となっています。

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