腹切り問答

腹切り問答：議会を揺るがした激論

1937年（昭和12年）1月21日、帝国議会の衆議院本会議は、激しい応酬によって大混乱に陥りました。この日、「腹切り問答」と呼ばれることになるやり取りが、立憲政友会の浜田国松議員と寺内寿一陸軍大臣との間で繰り広げられたのです。この事件は、単なる議員間の口論にとどまらず、廣田内閣の総辞職という重大な結果を招きました。また、軍部の政治への影響力が強まる時代において、その構造的な問題を浮き彫りにする出来事として、歴史に深く刻まれています。

事件の背景

当時の日本は、二・二六事件を経て軍部の影響力が強まっていました。その中で、浜田国松議員は、長年の議員経験と前衆議院議長という立場から、軍部の政治介入を強く批判する演説を行いました。

浜田議員は、演説の中で「国民の言論の自由が圧迫され、不満を抱えている現状」を指摘し、軍部の独裁的な動きに警鐘を鳴らしました。特に、「軍部の政治的イデオロギーが文武の秩序を破壊する危険がある」と訴えた箇所は、多くの議員に衝撃を与えました。議員歴30年の大ベテランであり、議会の長老である浜田議員の発言は、党派を超えて注目を集めました。

激論の応酬

浜田議員の演説に対し、寺内陸相は答弁に立ち、「軍人に対する侮蔑ともとれる言葉があった」と反論しました。これに対し、浜田議員は「具体的にどの言葉が軍を侮辱したのか」と反駁しました。寺内陸相は「侮辱と聞こえた」と言い直しましたが、浜田議員はさらに強く追及します。「速記録を調べ、もし私が軍を侮辱する言葉があれば、割腹して謝罪する。もしなければ、あなたが割腹せよ」と、激しい言葉で寺内陸相を糾弾しました。

この浜田議員の言葉に対し、寺内陸相は激怒し、浜田議員を睨みつけました。これにより、議場は怒号が飛び交う大混乱に陥りました。この一連のやり取りは、「腹切り問答」または「切腹問答」「割腹問答」として、後世に語り継がれることになります。

事件の結果

事態を収拾するため、政府は天皇に裁可を仰ぎ、議会は2日間の停会となりました。寺内陸相は、この騒動の原因を政党の認識不足と断じ、廣田弘毅首相に対し議会解散を要求します。また、解散に応じない場合は、単独辞職も辞さないと強硬な姿勢を示しました。

海軍予算の成立を急いでいた永野修身海相は、寺内陸相を説得しようとしましたが、寺内陸相は頑として受け入れませんでした。内閣は、閣内不統一を理由に総辞職。この「腹切り問答」は、内閣総辞職という形で幕を閉じることになりました。

事件の意義

「腹切り問答」は、当時の軍部と政党の対立が表面化した出来事であり、軍部の影響力が強まる時代背景を反映しています。また、言論の自由が圧迫される中で、議会制民主主義が危機に瀕していたことを示す象徴的な出来事として、歴史にその名を刻んでいます。

この事件は、単なる個人的な応酬ではなく、当時の政治状況を反映した重大な事件でした。軍部の政治介入に対する国民の不満、それに対する政治家の抵抗、そして内閣総辞職という結末は、昭和初期の日本の政治史において、重要な転換点となりました。

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