船原ホテル

船原ホテル：伊豆の仙境に消えた黄金の伝説

静岡県伊豆市上船原（旧・田方郡天城湯ケ島町）の船原温泉に、かつて存在した船原ホテル。純金風呂と、和風バーベキュー「お狩場焼」で知られた、天城温泉郷を代表する名ホテルでした。その歴史と、華々しい最盛期から突如訪れた終焉、そして現在まで続く余韻を紐解きます。

古き良き時代の輝き：戦前からの歴史

船原ホテルの起源は古く、少なくとも1926年には営業していました。当時の新聞広告には「伊豆の仙境　和洋両式　船原ホテル」というキャッチコピーが躍り、最新式の大浴場を備えた瀟洒なホテルとして注目を集めていました。木骨壁造りの洋風建築は、外国人観光客にも人気を博し、伏見若宮（博義王）も滞在したという記録が残っています。女優の及川道子も映画ロケで宿泊し、その優雅な雰囲気を絶賛しています。戦前は小規模なホテルでしたが、元は順天堂病院だった建物を改造したという逸話も残されています。

富士観光時代：純金風呂と狩場焼の誕生

戦後、富士観光の経営下で船原ホテルは大きく変貌を遂げます。1950年、石川武義社長のもと、鉄筋コンクリート4階建ての本館が建設されました。そしてホテルの象徴となるのが、1億3000万円をかけた純金風呂です。2分間1000円という高額な入浴料にもかかわらず、大きな話題を呼びました。

もう一つの名物「お狩場焼」は、船原川沿いで提供された和風バーベキュー。イノシシ、シカなどのジビエから川魚、野菜まで、炭火で焼かれた料理は、1000円のコースで提供されました。その発祥は源頼朝の伝説に由来するとも、漫画家富田英三氏による命名とも伝えられ、諸説あります。雨天でも利用可能な「佐殿庵」という藁葺屋根の建物も設けられ、多くの客でにぎわいました。

ホテルは、桜3万本の植樹やテニスコートの設置など、大胆な投資を行い、観光客を惹きつけました。館内には横山大観、川合玉堂、ピカソなどの名画が飾られ、520畳の大広間には横山操による大壁画が飾られるなど、芸術性も追求していました。敷地内には、鱒釣場やクレー射撃場、プールなども備え、総合的なリゾート施設として発展していきました。

栄華の終焉：火災と閉館

1970年、富士観光の経営難により、船原ホテルは東洋郵船に売却されました。しかし、東洋郵船も経営不振に陥り、1982年には東京のホテルニュージャパンで火災が発生。その翌年、船原ホテルでも火災が発生し、本館4階が全焼しました。死者は出ませんでしたが、避難誘導の遅れなどが問題視されました。消防設備の不備や防災訓練の不足、従業員の対応など、多くの問題点が指摘され、船原ホテルは営業を再開することなく閉館。政府登録国際観光旅館の登録も抹消されました。

盗まれた純金風呂と、新たな始まり

閉館後も浴槽に残されていた純金風呂は、1998年から1999年にかけて何者かによって盗難に遭いました。時価1億円とも言われるその風呂は、船原ホテルの栄華の象徴として、人々の記憶に深く刻まれています。廃墟と化したホテル跡地には、2005年、時之栖が日帰り温泉施設「湯治場ほたる」を開業。新たな姿で、人々を迎えています。

映画や文学作品への登場

船原ホテルは、多くの映画や文学作品にも登場しました。映画『喜劇 駅前金融』では、お狩場焼や純金風呂が登場。ドラマ『新平四郎危機一発』でも、純金風呂が印象的に描かれています。松本清張の短編小説『青のある断層』や、鹿島孝二の長篇小説『おとこ大学』など、数々の作品にその名が記されています。

結論

船原ホテルは、その豪華さ、そして突然の終焉によって、多くの人の記憶に残るホテルとなりました。純金風呂、お狩場焼、そして名画の数々…その輝きは、かつて伊豆の仙境に存在した、忘れられない物語として語り継がれています。

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