芋粥

芥川龍之介『芋粥』：飽くなき欲望と意外な結末

『芋粥』は、1916年（大正5年）に発表された芥川龍之介の短編小説です。平安時代の元慶か仁和年間を舞台に、才能も容姿も平凡な小役人の男が、ありふれた日常の中で抱くささやかな夢を描いています。彼の夢とは、ただひたすら芋粥を飽きるほど食べたいということでした。

主人公である五位は、摂政・藤原基経の役所に勤める四十代の男です。同僚からは嘲笑され、子供からも罵声を浴びせられる日々を送る、不幸な境遇にあります。しかし、そんな彼の心の支えとなっているのが、芋粥への飽くなき欲望でした。

ある日、彼は宴の席でこの願望を口にします。それを聞いた藤原利仁は、五位に北陸の自領である敦賀への訪問を提案します。「芋粥を飽きるほど食べさせてやろう」という申し出に、戸惑いつつも五位は敦賀へ向かいます。

しかし、利仁の館で目にしたものは、想像をはるかに超える大量の芋粥でした。大鍋いっぱいに煮込まれた芋粥は、五位にとって、もはや夢に描いていたものとは異なる存在に映ります。期待に胸を膨らませていた五位は、大量の芋粥を前に、逆に食欲を失ってしまうのです。

この物語のベースとなっているのは、『今昔物語集』巻26第17話「利仁の将軍若き時京より敦賀に五位を将（い）て行（ゆ）きたる語（こと）」です。『宇治拾遺物語』にも同様のエピソードが存在します。しかし、原典では藤原利仁の権勢誇示が中心であるのに対し、芥川の『芋粥』では、主人公の精神的な側面に焦点を当てています。

芥川は原典を巧みに翻案し、主人公の貧しさや社会における無力感、そして満たされない欲望といった近代的な解釈を加えています。また、主人公の描写は、ニコライ・ゴーゴリの『外套』の主人公にも類似性があると指摘されています。

物語の重要な要素である「芋粥」は、山芋を甘葛で煮た、現代でいうデザートのようなものです。大量の芋粥という設定は、主人公の満たされない欲求を象徴的に表していると言えるでしょう。主人公の夢が叶ったはずなのに、空虚感だけが漂う結末は、読者に深い余韻を残します。

『芋粥』は、単なる古典翻案にとどまらず、人間の欲望や社会構造、そして満たされない心の闇を繊細に描き出した傑作です。この作品は、芥川龍之介の他の作品と同様に、現代社会においても普遍的なテーマを提起し続けています。

なお、この作品は1959年と1962年にテレビドラマ化されています。1959年の日本テレビ版は『芥川龍之介シリーズ』の最終作であり、『日産劇場』の第一作目でもあります。1962年のNHK版は『こども名作座』で放送されました。それぞれの作品で、異なる解釈と演出が加えられている点も興味深いところです。これらのドラマ版も、原作の魅力を再解釈し、新たな視点を与えてくれています。

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