芙蓉鎮

芙蓉鎮（ふようちん）

1987年に公開された中国映画。中国映画界の巨匠、謝晋（シェ・ジン）が監督を務め、古華（クー・ホワ）の同名小説を映画化した作品です。文化大革命という未曽有の政治的混乱を背景に、その波に翻弄されながらも力強く生きる人々の姿を描き出し、大きな反響を呼びました。

概要

本作は、文化大革命期に経験したトラウマや苦難をテーマにした、いわゆる「傷痕ドラマ」と呼ばれる一連の作品群の一つです。時代の激流に巻き込まれた若い女性の、苦難に満ちた人生を主軸に物語が展開します。上海映画製作所によって制作されたこの映画は、そのリアリティと登場人物の深い人間描写により、国内外で高く評価されました。

映画の主要なロケ地となった湖南省永順県の王村鎮は、本作が有名になったことで観光客が増加し、2007年には公式に「芙蓉鎮」と改名されるに至りました。

あらすじ

物語は、文化大革命が始まる直前の1963年、湖南省南部の小さな町、芙蓉鎮で静かに幕を開けます。町で評判の美人で心優しい胡玉音（フー・ユゥーイン）は、夫の黎桂桂（リー・グイグイ）と共に営む米豆腐店を大いに繁盛させていました。彼女は町の人々に慕われ、元恋人で党員書記の黎満庚（リー・マングン）や、復員軍人・米配給主任の谷燕山（グゥー・イェンシャン）からも温かく見守られていました。夫婦は昼夜を問わず懸命に働き、ついに念願の新しい店を建てることに成功します。

しかし、1964年に始まった「四清運動」によって、町の平穏は破られます。党から派遣された政治工作班は、反体制的とされる人々や資本主義的な傾向を持つ者を徹底的に追及し始めます。この運動は、独身の女性党員である李国香（リー・グォシャン）によって主導され、飲酒癖で土地を失った貧農の王秋赦（ワン・チウシャー）がそれに追従します。

最初に標的となったのは、1957年の反右派闘争で「五類分子」と断じられ、人々に軽んじられていた秦書田（チン・シューティエン）でした。次いで、玉音夫婦もその勤勉さゆえに「新ブルジョワ分子」として批判の対象とされてしまいます。玉音を親戚の家に避難させても国香の追及は止まず、夫婦は家も仕事も財産も全て奪われます。玉音を支えていた黎書記や谷主任も自己批判を強いられます（この時、谷には玉音との不倫の疑いがかけられますが、朝鮮戦争での負傷が原因で性的能力を失っていたことが明らかになります）。親戚宅から戻った玉音は、夫の黎桂桂が国香に命を狙ったとされ、すでに命を落としていたことを知らされます。

1966年に文化大革命が始まると、事態はさらに激化します。玉音や書田だけでなく、皮肉なことに運動を主導していた李国香でさえも、「ニセの左派」「身持ちの悪い女」として激しい吊るし上げに遭い、屈辱的な見せしめにされます（古靴を首から提げさせる描写は、当時の残酷な慣習を示しています）。一方で、かつて貧農だった王秋赦は「文革の忠実な戦士」として祭り上げられ、党支部書記に成り上がります。

玉音と書田は、共に街路の清掃夫へと追いやられます。谷は酒に溺れ、黎は玉音を裏切る形で王の秘書となり、時代の流れを生き延びようとします。

絶望の淵にあった玉音を救ったのは、共に苦しむ秦書田でした。彼は自ら道化を演じながらも、玉音を懸命に庇い、彼女の嘆きを受け止め、病めば看病します。復権した国香と王の密会を知り、ささやかないたずらを仕掛けることで、二人は小さな復讐も果たします。そして何よりも、書田の励ましによって、玉音はもう一度米豆腐を作る気力を取り戻すのです。

玉音は書田の子を身ごもり、二人は結婚の許可を求めますが、党の上層部は不吉な白い対聯を書かせて二人の結婚を認めようとしません。涙する玉音に、書田は「考え方次第だ。とにかく我々は夫婦と認められたのだ」と語りかけ、彼女を励まします。二人の簡素な「結婚式」に列席してくれたのは、谷燕山ただ一人でした。

しかし、この結婚は李国香の不快感を買い、書田は懲役10年の労働刑、玉音は懲役3年の執行猶予付き労働刑に処せられます。連行される書田は、玉音に「豚になっても（何があっても）生き抜け」と言い残し、労働改造所へと送られます。

大きなお腹を抱えて労働に耐える玉音を、かつて彼女を見捨てた町の住人たちが、今度は陰ながら手助けするようになります。玉音は谷の手助けで無事に出産し、生まれた子に谷軍（グゥージュン）と名付け、来るべき時代をじっと耐え忍びながら子を育てます。

1979年、長かった文化大革命がようやく終わりを告げ、玉音の名誉は回復され、家や財産も返還されます。皮肉にも、帰還した書田と、再び芙蓉鎮に赴任してきた李国香は同じ船に乗り合わせます。まさにその時、かつて王秋赦が党支部として使っていた古い家が、川へと崩れ落ちていくのでした。

玉音と書田の米豆腐店は、15年前と同じように再び町で最も賑わう店となりました。その店の前を、正気を失い「政治運動の始まりだ！」と不気味な声を上げながら通り過ぎる王秋赦の姿があります。それを見る町の人々の表情には、かつての怒りも嘲りもなく、それぞれ言葉にならない複雑な感情を抱きながら、ただ立ち尽くすのでした。

主要キャスト

胡玉音（フー・ユゥーイン）: 劉暁慶（リウ・シャオチン）
物語の主人公。文化大革命の波に翻弄されながらも、不屈の精神で生き抜く女性。
黎桂桂（リー・グイグイ）: 劉利年（リウ・リーニエン）
胡玉音の最初の夫。米豆腐店を共に営む。
秦書田（チン・シューティエン）: 姜文（チアン・ウェン）
「五類分子」とされ迫害される知識人。玉音と心を通わせる。
李国香（リー・グォシャン）: 徐松子（シュー・ソンズ）
芙蓉鎮での政治運動を取り仕切る女性党員。
谷燕山（グゥー・イェンシャン）: 祝士彬（ジュー・シービン）
芙蓉鎮の幹部。復員軍人で、玉音を陰ながら支える。

受賞歴

本作は国内外で数々の映画賞を受賞しました。

金鶏奨（1987年）

作品賞
主演女優賞（劉暁慶）
助演女優賞（徐寧） - ※キャスト紹介では徐松子ですが、受賞は徐寧です。
美術賞（金綺芬）

百花奨（1987年）

作品賞（他の2作品と同時受賞）
主演男優賞（姜文）
主演女優賞（劉暁慶）
助演男優賞（祝士彬）

カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭（1988年）

クリスタル・グローブ賞（グラン・プリ）

原作

本作の原作は、古華（クー・ホワ）による同名小説です。邦訳としては、杉本達夫、和田武司訳『古華「芙蓉鎮」 現代中国文学選集2』（徳間書店、1987年10月）が出版されています。

関連項目

* 文化大革命 - 本作の重要な時代背景となっています。

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