花鳥諷詠

花鳥諷詠（かちょうふうえい）とは

「花鳥諷詠」は、俳人・高浜虚子が提唱した俳句理論の中核をなす概念です。1928年に発表されたこの言葉は、自然（花鳥風月）を詠むだけでなく、そこに人間の生活や感情、社会現象までも包含する、より広範な視点を俳句に取り入れることを提唱しました。

概要

虚子は「花鳥」を単なる自然現象ではなく、四季の移ろいの中で起こる自然界の現象と、それに伴う人事界の現象の両方を含むものとして捉えました。「諷詠」は、それらの現象を調子を整えて詠むという意味です。これは、従来の「花鳥風月」が自然のみを指すのに対し、人間も自然の一部であるという考えに基づいています。

虚子の孫である稲畑汀子は、この点を重要視し、虚子が「人間もまた造化の一つである」という伝統的な思想に基づき、「花鳥」に人事象を含めたと指摘しています。しかし、この点は必ずしも理解されておらず、西洋的な二項対立の考え方から「花鳥諷詠」を批判する意見も存在します。

虚子自身は、「花鳥諷詠」を俳句の「表題」と捉えており、「明易や花鳥諷詠南無阿弥陀」という句を残しています。この句は、花鳥諷詠が単なる自然描写ではなく、人間の営みを含めた森羅万象を詠む概念であることを示唆しています。

問題点と批判

「花鳥諷詠」の概念は、しばしば誤解されてきました。特に、「花鳥に人間が含まれない」という解釈から、「人間境涯や社会的な句は花鳥諷詠にそぐわない」という意見や、「花鳥諷詠は自然を愛でるだけの概念」という主張が見られます。

正岡子規から虚子に引き継がれた「客観写生」を重視する俳人の間でも、「花鳥諷詠」に対する批判的な立場が多く存在します。また、「花鳥諷詠」は、虚子が主宰した俳誌「ホトトギス」とその一派にしか通用しない理念であるとする意見もあります。

「ホトトギス」の立場では、「花鳥諷詠」は人間の営みを含めた森羅万象を詠む概念であり、客観写生や主観写生などの技法は、花鳥諷詠を表現するための手段に過ぎないとされます。しかし、水原秋櫻子は、「人事界を含めるなら、もはや花鳥諷詠と名乗る必要はない、『万象諷詠』とすべきだ」と批判しました。

一方、大野林火は「虚子の自然（花鳥）傾倒は虚子の悟道でもあった」と述べ、久保田万太郎の「秋風や花鳥諷詠人老いず」、稲畑汀子の「朴落葉大地に花鳥諷詠詩」などの句は、花鳥諷詠を讃えるものとして捉えられます。

しかし、加藤郁乎の「はぐれたる花鳥諷詠のほとゝぎす」は批判とも解釈され、京極杞陽の「誰が為に花鳥諷詠時鳥」も批判的なニュアンスを含んでいるとされています。ただし、杞陽は虚子を信奉していたため、この句は杞陽特有のユーモラスな表現であると考えるのが妥当です。

まとめ

「花鳥諷詠」は、自然と人間を一体のものとして捉え、その両方を詠むことで、より深い俳句の世界を追求しようとした虚子の理念です。しかし、その概念は必ずしも正しく理解されておらず、さまざまな誤解や批判を生んでいます。それにも関わらず、この概念は、現代の俳句においても重要な示唆を与え続けていると言えるでしょう。

関連する俳句

明易や花鳥諷詠南無阿弥陀（高浜虚子）
秋風や花鳥諷詠人老いず（久保田万太郎）
朴落葉大地に花鳥諷詠詩（稲畑汀子）
はぐれたる花鳥諷詠のほとゝぎす（加藤郁乎）
* 誰が為に花鳥諷詠時鳥（京極杞陽）

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