加藤郁乎

加藤郁乎：詩と俳句の狭間を駆け抜けた異才

加藤郁乎（1929年-2012年）は、20世紀後半の日本を代表する詩人、俳人、そして俳諧評論家です。早稲田大学文学部演劇科卒業後、日本テレビ勤務や商事会社経営を経て、文筆家として独立。多様なジャンルを縦横無尽に活躍し、独特の世界観を築き上げました。

父の影響と初期の活動

加藤郁乎の父は、俳人として知られた加藤紫舟です。幼少期から父の影響を受け、俳句の世界に触れて育ちました。日野草城、西東三鬼、高柳重信といった巨匠たちの作風にも触れ、独自の俳句を追求しました。父の主宰した俳句誌『黎明』に作品を発表し、その後、主宰を引き継ぎました。

初期の代表作には、「冬の波冬の波止場に来て返す」「昼顔の見えるひるすぎぽるとがる」「天文や大食（タージ）の天の鷹を馴らし」などがあります。西欧詩の影響を受けた詩的な表現を、伝統的な俳句の形式に凝縮したこれらの作品は、当時、俳壇内外で高い評価を得ました。

多様なジャンルと実験的表現

加藤郁乎は俳句にとどまらず、詩にも積極的に取り組みました。吉田一穂や西脇順三郎といった詩人たちを師事し、詩作を通して表現の幅を広げました。昭和30年代には、『俳句評論』『ユニコーン』といった前衛俳句誌にも参加し、実験的な作品を発表しました。

評論家としても活躍し、江戸俳諧研究にも造詣が深かった彼は、俳句、詩、評論の三つの分野で精力的に作品を発表し続けました。晩年の作風は江戸趣味・俳諧趣味に傾き、「小細工の小俳句できて秋の暮」「俳人も小粒になりぬわらび餅」といった、洒脱でユーモラスな作品を残しました。

文学界の異端児たちとの交流

加藤郁乎は、澁澤龍彦、松山俊太郎、池田満寿夫といった異端的な作家たちとも親交がありました。特に澁澤龍彦とは深く交流し、『血と薔薇』の販売促進のため、澁澤をテレビ番組『11PM』に出演させるなど、奔放な行動力で知られています。

回想記『後方見聞録』の文庫版増訂時には、澁澤龍彦の妻だった矢川澄子との不倫を告白し、大きな話題となりました。このエピソードからも、彼の型にはまらない生き様を垣間見ることができます。

後進の育成と受賞歴

1998年には、自身の単独選考による文学賞「加藤郁乎賞」を創設し、後進の育成にも尽力しました。この賞は、句集や評論などに贈られ、多くの若手作家を支援しました。

自身も多くの賞を受賞しており、2001年には『加藤郁乎俳句集成』により二十一世紀えひめ俳句賞富澤赤黄男賞、2005年には『市井風流 - 俳林随筆』により第5回山本健吉文学賞評論部門賞、そして2011年には『晩節』により第11回山本健吉文学賞俳句部門賞を受賞するなど、その作品は高く評価され続けました。

多彩な著作

加藤郁乎は、多くの句集、詩集、評論集などを残しました。代表的な作品としては、『球体感覚』『えくとぷらすま』『終末領 詩集』『遊牧空間』『後方見聞録』『俳諧志』『江戸俳諧歳時記』『市井風流 俳林随筆』などがあります。これらの作品群は、彼の多様な才能と、時代を先取りする鋭い感性を示しています。

2012年、心不全のため83歳で死去。没後も、彼の作品は多くの読者に愛され続けています。その自由奔放な生き方と、実験的で独創的な作品群は、現代の作家たちに大きな影響を与え続けていると言えるでしょう。

加藤郁乎賞受賞者一覧（一部）

第1回（1998年度）：手島泰六 『手島右卿論』
第2回（1999年度）：黛まどか 『ら・ら・ら奥の細道』
第3回（2000年度）：辻井喬 『小説石田波郷 命あまさず』
第4回（2001年度）：筑紫磐井 『定型詩学の原理』
第5回（2002年度）：辻桃子 『饑童子』
（以下略）

参考文献

金子兜太編 『現代の俳人101』 新書館
仁平勝 『加藤郁乎論』 沖積舎, 2003
坂口昌弘著『平成俳句の好敵手』文學の森
伊藤勲 『加藤郁乎新論』 沖積舎, 2009

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