芳川寛治

芳川寛治

芳川 寛治（よしかわ ひろはる、1882年（明治15年）5月12日 - 1956年（昭和31年）9月29日）は、大正時代から昭和時代にかけて実業界で手腕を発揮した人物で、伯爵の爵位を持ちました。旧姓は曾禰（そね）です。彼は特に、妻であった芳川鎌子（よしだわ かまこ）が引き起こし、「千葉心中」として世間を騒がせた心中未遂事件の夫として知られています。

生い立ちと学歴

寛治は、子爵曾禰荒助（そね あらすけ）の次男として誕生しました。学業では、1905年（明治38年）に東京高等商業学校（現在の国立大学法人一橋大学）を卒業しています。同級生には、後に政治家として活躍した内田信也（うちだ のぶや）や、京城電気（現在の韓国電力公社）の社長を務めた武者錬三（むしゃ れんぞう）らがいました。

芳川家へ

高等商業学校卒業後、寛治は伯爵芳川顕正（よしかわ あきまさ）の四女である鎌子（1891-1921）と結婚し、芳川家の婿養子となりました。芳川家には男子の後継者がいなかったため、寛治の跡は、娘の明子（あきこ）に婿として迎えられた芳川三光（よしかわ みつみつ、三室戸敬光（みむろど たかみつ）の三男）が相続しています。

政治活動家への支援

学生時代の先輩である犬塚信太郎（いぬづか しんたろう）や、その友人で海軍軍人として著名であった秋山真之（あきやま さねゆき）とは親しい関係を築いていました。寛治は犬塚や秋山と共に、当時中国で革命運動を進めていた孫文（そん ぶん）率いる革命派を支援しています。1917年（大正6年）には、孫文、張人傑（ちょう じんけつ）、蒋介石（しょう かいせき）といった中国の革命家と、日本側の犬塚、秋山、塚原嘉一郎（つかはら かいちろう）、菊池良一（きくち りょういち）そして寛治自身の間で、「日支組合規約」が締結されるなど、彼らの活動を側面から支えました。

千葉心中事件

寛治は当時の華族の御曹司にありがちであったとされる放蕩癖があり、妾宅に出入りすることも多かったと言われています。また、その不行跡は妻の鎌子の姉との間にも噂が立つほどだったとされます。このような夫の振る舞いにより、鎌子は次第にお抱え運転手であった倉持陸助（くらもち りくすけ）と親密な関係になります。この事実を知った顕正と寛治は、倉持を解雇し、鎌子を自宅に軟禁する措置をとりました。しかし、鎌子は邸宅から逃れ出し、倉持と共に駆け落ちを決行します。

1917年（大正6年）3月7日、二人は省線（国有鉄道）千葉駅近く、県立女子師範学校（現在の千葉市中央区富士見一丁目）の脇を走行する列車に飛び込み、心中を図りました。しかし、二人とも重傷を負いながらも一命を取り留めてしまいます。鎌子は病院に収容されましたが、倉持は近くの土手で短刀を用いて喉を刺し、自ら命を絶ちました。倉持は24歳で独身でしたが、鎌子は27歳で、5歳になる娘がいました。伯爵家の令嬢とお抱え運転手という身分違いの悲恋が引き起こしたこの心中未遂事件は「千葉心中」として大きく報じられ、当時の世間を騒がせました。この醜聞は政界にも影響を与え、鎌子の父である顕正は枢密院副議長の職を辞任するに至ります。また、寛治自身も、この事件によって政界へ進出する道が閉ざされることとなりました。「千葉心中（家出の巻）」という事件を題材にした流行歌まで生まれるほど、社会的な注目を集めたのです。

心中未遂後、病院を退院した鎌子は、倉持と共に芳川家に雇われ、倉持のことをよく知る後任の運転手であった出沢佐太郎（でざわ さたろう）と新たな恋仲になります。そして、1918年（大正7年）10月6日、鎌子は再び出沢と共に家を出奔しました。しかし、出沢は世間から非難され、職を見つけることができずに困窮しました。度重なる鎌子の品行に父・顕正は激怒していましたが、娘への仕送りは続けていました。しかし、1920年（大正9年）に顕正が病死し、夫である寛治が伯爵位を襲爵すると、芳川家からの仕送りは途絶えてしまいます。生活に窮した鎌子は、1921年（大正10年）4月17日、腹膜炎のため31歳でこの世を去りました。

実業界での活躍

1920年（大正9年）、父・顕正の死去に伴い伯爵の爵位を襲爵した寛治は、以後、実業界での活動に専念するようになります。多様な企業の経営に携わり、その手腕を発揮しました。特に、台湾鉱業、磐城鉱業、足利紡績といった企業の社長を歴任しています。1921年（大正10年）には池上電気鉄道（現在の東京急行電鉄の一部）の社長に就任。さらに、1941年（昭和16年）には満州繊維工業、1943年（昭和18年）には大手建設会社である藤田組の社長を務めるなど、多岐にわたる事業の経営を担いました。

栄典

実業界での功績が認められ、1945年（昭和20年）2月15日には正三位に叙せられています。

関連情報

芳川寛治や千葉心中事件、妻・鎌子については、杉本苑子（すぎもと そのこ）の小説『伯爵夫人の肖像』（1965年、朝日新聞社）や、長谷川時雨（はせがわ しぐれ）の『近代美人伝』（1936年）、平塚らいちょう（ひらつか らいちょう）の『現代の男女へ : らいてう第三文集』（1917年）などに記述が見られます。また、この事件を題材にしたと推測されるテレビドラマ『偽りの花園』（2006年、東海テレビ制作）も存在します。

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