若菜 (源氏物語)

『源氏物語』若菜：栄華と衰退の狭間で揺れる光源氏

『源氏物語』五十四帖のうち、第34帖と第35帖を「若菜上」と「若菜下」と呼びます。この二巻は、物語の中でもっとも長く、光源氏の生涯における重要な転換期を描いています。40歳の誕生日を祝う華やかな宴から始まる物語は、光源氏の栄華の絶頂期と、同時に衰退の兆しが現れ始める時期を鮮やかに表現しています。

巻名の由来

「若菜」という巻名は、光源氏の40歳の祝いの席で養女の玉鬘が若菜を献上したこと、そして光源氏が詠んだ歌「小松原末のよはひに引かれてや野辺の若菜も年をつむべき」に由来しています。「若菜上」と「若菜下」はそれぞれ「はこ鳥」と「諸葛」という異名でも知られています。これは、巻中に登場する歌から取られたもので、「はこ鳥」は夕霧の歌、「諸葛」は柏木の歌に由来しています。「諸葛」は、若菜上下両巻全体を指す異名としても用いられることがあります。

あらすじ

若菜上

光源氏39歳（12月）から41歳（3月）までの出来事を描いた「若菜上」では、源氏の兄である朱雀院の病気と出家、そしてその愛娘である女三宮の将来を巡る物語が展開します。多くの貴公子が婿候補に挙がる中、朱雀院は最終的に源氏に女三宮を託すことを決意します。

この決定は、源氏の正妻である紫の上に大きな衝撃を与え、彼女は悲しみを内に秘めながら出家を望むようになります。一方、源氏はかつての恋人である朧月夜との再会を果たし、再び愛を育みます。

その後、光源氏の40歳の誕生日を祝う盛大な宴が催され、紫の上や秋好中宮を始め、多くの人々が集まります。明石の女御は、東宮（後の帝）との間に男御子を産み、人生最大の喜びを味わいますが、同時に明石入道の消息を聞き悲しみに暮れます。

また、女三宮の降嫁を望む柏木は、蹴鞠の催しで偶然女三宮の姿を垣間見て、ますます彼女への想いを募らせていきます。

若菜下

「若菜下」は、光源氏41歳（3月）から47歳（12月）までの物語です。冷泉帝の譲位、太政大臣の隠居といった政治的な変化が起きる中、源氏は藤壺の宮との密かな愛によって生まれた我が子が、帝位を継ぐことなく皇位を去ることを嘆きます。

紫の上は源氏に出家したいと申し出ますが、源氏はそれを必死に説得します。その後、源氏は明石一族を伴い住吉大社へ参詣し、明石尼君に歌を送り、彼女の心を慰めます。

東遊びが行われた後、明石尼君のいる牛車を見た貴族たちは、幸運を祈念します。源氏は女三宮に琴を教え、正月の宴では女三宮、紫の上、明石の女御、明石の御方が華麗な演奏を披露します。しかしその夜、紫の上が倒れ、病状は悪化していきます。

一方、柏木は女三宮と密通しますが、そのことが発覚し、紫の上が一度は絶命するも蘇生するという衝撃的な展開を迎えます。源氏は御息所の死霊を供養し、紫の上は在家で戒を受けます。

女三宮が懐妊し、紫の上が小康状態になった頃、源氏は柏木からの恋文を発見し、真実を知ります。柏木は罪の意識に苦しみ、病に倒れます。そして、朱雀院の五十の賀が物語の終わりを飾ります。

「若菜上」「若菜下」は、光源氏の栄華と苦悩、周囲の人々の愛憎劇、そして運命の残酷さを描いた、物語の中でも特に重要な巻です。様々な人物のドラマが複雑に絡み合い、読者の心を捉えて離しません。それぞれの登場人物の心情、光源氏の葛藤、そして物語全体の壮大さを理解することで、『源氏物語』の世界をより深く味わうことができるでしょう。

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