荏原区

荏原区：東京の南部を彩った歴史の痕跡

かつて東京府東京市に存在した荏原区は、現在の品川区の西南部に位置し、1932年から1947年までの短い期間、東京の街の一部として賑わいを見せました。東急目黒線、東急大井町線、東急池上線の沿線地域とほぼ一致するこのエリアは、古くから孟宗筍の産地として知られていました。しかし、その歴史は、近代化の波と共に大きく変化していくことになります。

目黒蒲田電鉄や池上電気鉄道の開通、そして関東大震災後の東京郊外部の住宅地化は、荏原区の人口を急激に増加させました。それに伴い、住宅地は拡大の一途を辿り、第二京浜国道建設による機械工業関連の中小企業の進出は、地域全体の様相を一変させました。

しかし、この発展は第二次世界大戦末期の空襲によって大きな影を落とすことになります。区内の7割が焼失し、4800人を超える犠牲者を出したこの悲劇は、荏原区の歴史に深い傷跡を残しました。そして1947年3月15日、荏原区は隣接する品川区と合併し、新たな品川区として生まれ変わります。23区の中で唯一の吸収合併という歴史的経緯も、荏原区の特筆すべき点と言えるでしょう。

荏原区の起源を辿ると、明治22年（1889年）の町村制施行にさかのぼります。戸越村、下蛇窪村、上蛇窪村、小山村、中延村、そして谷山村の一部が合併して誕生した平塚村がその始まりです。その後、大正15年（1926年）に平塚町となり、昭和2年（1927年）には荏原町と改称されました。昭和7年（1932年）、荏原郡全域が東京市に編入され、荏原町は馬込町との合併案もあったものの、最終的には単独で荏原区として誕生しました。この時、合併せずに単独で区となったのは、北豊島郡滝野川町と荏原町のみという、稀有な事例となりました。

荏原区役所庁舎は、品川区発足後も荏原支所として使用されましたが、1968年に品川区役所新庁舎が竣工し、支所が統合されたことにより閉鎖・解体されました。その跡地には、1970年に品川区立荏原文化センターが建設され、新たな姿で地域に貢献しています。

荏原区の交通網は、鉄道の開通によって大きく発展しました。目黒蒲田電鉄（現在の東急電鉄）の目黒線、大井町線、そして池上電気鉄道（現在の東急電鉄）の池上線が区内を走りました。これらの路線は、荏原区の発展に大きく寄与したと言えるでしょう。一方、都営地下鉄浅草線は未開通であり、都営地下鉄戸越駅も存在しませんでした。道路網としては、中原街道や新京浜国道が重要な役割を果たしました。

教育面では、昭和4年（1931年）時点では、東京府立第八中学校をはじめ、複数の尋常高等小学校、商業公民学校、専門学校、幼稚園などが区内に存在していました。これらは、荏原区の住民の生活を支える重要な施設として機能していました。

荏原区には、旗岡八幡神社、戸越八幡神社、三谷八幡神社など、数多くの神社仏閣が存在しました。これらの神社仏閣は、地域住民の信仰の中心として、また歴史を伝える重要な遺産として、現在もその役割を果たしています。

現在の品川区荏原地域には、戸越、中延、旗の台、小山など、かつての荏原区の面影を偲ばせる地名が多く残っています。これらの地名一つ一つに、荏原区の歴史が刻まれていると言えるでしょう。これらの地名、そして数々の史跡は、かつて存在した荏原区という、東京の歴史の一部を私たちに伝えてくれます。 参考文献として、『荏原区史』、伊藤旦正氏の論文「荏原区」、角川日本地名大辞典、そして当時の地図や調査資料などが挙げられます。これらの資料から、荏原区の歴史をより深く知ることができるでしょう。

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