菱沼五郎

1912年8月20日、茨城県那珂郡前渡村（現在のひたちなか市）に、農業を営む徳松の三男として生まれた。故郷は水戸勤王党の思想が色濃く残る土地柄であり、幼い頃からその精神に触れて育った。上京後、自動車助手として社会経験を積んだ後、岩倉鉄道学校（現在の岩倉高等学校）に進学し、鉄道業務について学んだ。1929年に同校業務課を卒業するが、翌1930年、東武東上線池袋駅への就職は叶わなかった。その理由は、紅緑色盲（現在の色覚異常）が鉄道業務に致命的な支障をきたすと判断されたためである。就職を断念せざるを得なくなった失意の中、大洗町の護国堂に滞在していた思想家・井上日召のもとへ通い、国家改造の思想に傾倒していった。

1930年、ロンドン軍縮条約を巡る統帥権干犯問題が発生すると、これに強く反発した日本国民党が抗議行動のために計画した決死隊に参加した。同郷で井上日召の門下であった小沼正ら同志と共に、血盟を交わして行動を共にすることを誓い合った。日本国民党だけでなく、大川周明が主宰する行地社とも接触を持つなど、同志らと連携を深めた。日々の糧を得るため浅草や本郷でタクシー助手として働きながら、計画の実行を待った。

そして1932年3月5日、菱沼は決行の日を迎える。三井合名会社（三井財閥本社）の理事長であった團琢磨を、日本橋区駿河町にある本社ビル前でピストルで射殺したのである（血盟団事件の一環）。実行時、菱沼は黒い背広を着用し、ざんぎり頭という姿であったと伝えられている。使用されたのはブローニング3号型拳銃であった。犯行後、菱沼はその場で護衛らによって取り押さえられた。

事件後、菱沼は裁判で無期懲役の判決を受けたが、1940年の紀元二千六百年祝賀に伴う特赦により出所することができた。出所後、小幡家の婿養子となり、名を小幡五朗と改めた。戦後は公職追放の対象となったため、右翼運動から距離を置き、茨城県大洗町で漁業会社を経営するなど実業家として活動した。1959年、地元漁業界からの強い推薦もあり、自由民主党から茨城県議会議員選挙に出馬し当選。以後、連続して8期にわたり議員を務めることとなる。その間、1973年から1975年には第67代茨城県議会議長に就任するなど、県政において重きをなした。また、1968年には『欧州の原子力施設をたづねて』という著作を刊行している。

県議会議員としての長い任期中、小幡五朗は特に地元の漁業振興に尽力した。中でも大きな課題となったのが、東海村における原子力関連施設の建設、特に再処理施設の建設を巡る問題であった。小幡は茨城県漁業協同組合連合会の会長に就任し、当初は再処理施設建設に反対の立場を示していた同漁連の姿勢を、施設の建設を推進する立場へと変更させることに影響を与えた。県漁連会長として、動力炉事業団による再処理工場設置許可に対する異議申し立てを行ったことも、国会で言及された。活動の一環として、先の著作『欧州の原子力施設をたづねて』を刊行するなど、原子力施設の安全性や必要性に関する啓発を行った。こうした動きの結果、1974年11月29日、同県漁連は動力炉・核燃料開発事業団との間で、再処理施設設置に伴う漁業補償協定に調印するに至った。

しかし、この漁業補償を巡っては、その過程や金の流れに不透明な点があるとして、国会でも問題提起されることとなる。原子力発電所の建設や再処理工場建設に伴う漁業補償金を巡っては、通常の補償金とは別に数億円規模の「調整金」が存在し、その使途に不透明さがあることが国会で複数回にわたり指摘された。特に、1973年には日本原電から県漁連に対し3億5千万円、1976年には動燃事業団から1千万円または3千万円とされる調整金が支払われた疑いが浮上した。これらの金の流れの一部が自民党の選挙資金に流用されたとの疑惑が持ち上がり、県議会でも厳しく追及された結果、小幡は県漁連会長を辞任したものとされている。さらに同時期、日本共産党の中川利三郎議員は国会で、小幡がかつて血盟団の菱沼五郎であった過去を指摘し、漁業補償金の不透明な配分への関与を示唆した。

菱沼五郎（小幡五朗）の生涯は、激動の昭和期を象徴する出来事と深く結びついており、特に血盟団事件でのテロリズムへの関与から、戦後の地方政治における実力者への変遷は特異な経歴といえる。この経歴は、いくつかの作品にも描かれており、例えば映画『日本暗殺秘録』では八尋洋が菱沼五郎を演じている。1990年10月3日死去。

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