萱野重実

萱野重実：忠義と孝行のはざまで生きた赤穂藩士

萱野重実は、延宝3年（1675年）に摂津国萱野村で生まれました。旗本大島義也の家老、萱野重利の三男です。幼い頃から優れた才能を示し、特に俳諧の道に秀でていました。俳号は涓泉（けんせん）です。

重実の出自は、源氏を祖とする古豪萱野氏でした。代々、摂津国萱野村を領地としていました。江戸時代には大島氏に仕え、重実の父・重利は椋橋荘の代官を務めていました。

貞享4年（1687年）、13歳の時、重実は赤穂藩主・浅野長矩に中小姓として仕えることになります。赤穂藩における彼の地位は、馬廻役より下の階級でしたが、主君への忠誠心は深く、その才能は周囲にも認められていました。

元禄14年（1701年）3月14日、浅野長矩が吉良義央に刃傷に及んだ事件が発生します。重実はこの報せをいち早く赤穂藩へ届けようと、早水満尭と共に江戸を発ち、驚異的な速さで赤穂へと向かいました。伝承によれば、この道中で亡くなった母親の葬列に遭遇しながらも、藩への報せを優先したと言われています。

赤穂に戻った重実は、大石良雄らによる義盟に加わりました。しかし、赤穂城開城後、郷里に戻った重実は、父から大島家への仕官を強く勧められます。大島家は吉良家と繋がりがあり、この勧めに重実は大きな葛藤を抱きました。浅野家への忠義、父への孝行、そして同志との義盟。三者の間で揺れる重実は、元禄15年（1702年）1月14日、主君の月命日に合わせ自刃しました。享年28歳でした。

重実の死は、多くの者に深い悲しみと感銘を与えました。彼の墓は、萱野村に建てられ、その後箕面市に移されています。また、大島義也は豊中の新福寺に重実の墓を建立し、彼の忠義を称えました。泉岳寺にも重実を供養する碑が建てられています。

重実は優れた俳人としても知られており、その作品は『文蓬菜』や『三上吟』などの俳書に収められています。彼の兄・重通をはじめ、一族にも多くの俳人がおり、萱野一族は俳諧を愛する家系であったことが伺えます。

現在、重実の旧邸である萱野三平旧邸の長屋門は、大阪府指定文化財として保存されています。旧邸跡地には、萱野三平記念館「涓泉亭」が建てられ、西国街道に関する資料や重実の句碑などが展示されています。

後世、歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』では、重実は早野勘平として脚色され、悲劇的な人物として描かれています。しかし、歴史上の重実は、創作とは異なる複雑な境遇の中で葛藤し、自らの信念を貫いた人物であったと言えるでしょう。彼の生き様は、今も人々の心に深く刻まれています。

彼の辞世の句「晴れゆくや日頃心の花曇り」は、生前の苦悩と、晴れやかな最期を象徴する、彼の短い生涯を凝縮した名句といえるでしょう。

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