藤式部丞 (源氏物語)

藤式部丞：源氏物語の謎めいた人物

源氏物語「帚木」の「雨夜の品定め」の場面で語られる、藤式部丞。彼は物語の中で、過去の恋愛体験を語る四人の一人として登場します。藤原氏出身の式部丞という官職にあったと推測されますが、『源氏物語』内ではこの場面のみに登場し、身分や経歴は一切不明な謎の人物です。

藤式部丞の恋愛体験

藤式部丞は、優れた才媛との関係を語ります。文章博士の娘で、将来を期待される女性でした。彼は文章生時代に師事していた博士の娘と、結婚を前提とした交際を始めます。彼女は教養豊かで、漢詩文の作成など、朝廷で役立つ知識を彼に授けてくれました。しかし、彼女は学問的な話題を頻繁に持ちかけ、藤式部丞はそれにうまく対応できないことが多く、次第に心安らぐ時を共に過ごせなくなっていきます。

ある日、久しぶりに彼女を訪ねた藤式部丞は、病気療養中で体臭が強いと告げられます。しかし、実際に会ってみるとその臭いは想像をはるかに超えるものでした。そのため、彼は彼女のもとから逃げ出し、関係は終焉を迎えます。このエピソードは、学問的な才能と現実の生活とのギャップ、そして、理想と現実の乖離を描写していると考えられます。才能に恵まれた女性と、やや自信のなさや不器用さを抱える男性の、複雑な関係性が見て取れます。

モデル候補

藤式部丞のモデルについては、いくつかの説があります。

橘則光：清少納言の夫として知られる人物です。
藤原惟規：紫式部の兄弟であるという説があります。
藤原為時：紫式部の父で、式部大丞の地位にあった人物です。

いずれの説も確証はなく、推測の域を出ません。藤式部丞は、実在の人物をモデルとしている可能性も、フィクションの人物である可能性も否定できません。この謎めいた点が、藤式部丞をより魅力的な存在にしていると言えるでしょう。

本文中での表記

本文中では、「藤式部丞」、「式部」、「藤式部大輔」といった表記揺れが見られます。これは写本の違いによるものと考えられ、当時の文献の伝達の複雑さを反映していると言えるでしょう。

まとめ

藤式部丞は、短い登場シーンながら、多くの謎を残す魅力的な人物です。彼の恋愛体験は、才能と現実、理想と現実のギャップを示唆しており、現代の私たちにも通じる普遍的なテーマを含んでいます。また、そのモデル候補の多様性も、彼の存在をより興味深いものとしています。今後さらなる研究により、藤式部丞の謎が解き明かされることを期待したいです。彼のエピソードは、単なる恋愛譚としてだけでなく、当時の社会状況や人々の価値観を反映する重要な手がかりとなる可能性を秘めています。さらに、物語における彼の役割、そして、作者が彼を登場させる意図について考察することで、源氏物語全体の理解を深めることもできるでしょう。

参考文献

篠原昭二「作中人物事典 藤式部丞」秋山虔編『源氏物語事典』学燈社〈別冊国文学〉No.36、1989年（平成元年）5月10日、p. 288。
* 武内卓也「藤式部丞の語り方の解釈」『愛媛国文研究』第7号、愛媛国語国文学会、1958年3月、pp. 69-74。

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