文章博士

文章博士：古代日本の知を継ぐ者

文章博士は、古代日本の大学寮に置かれた重要な教官職でした。その役割は、主に文章生と呼ばれる学生たちに、漢文学や中国正史といった歴史学を教えることでした。唐の翰林学士に相当するこの職位は、当初は明経道の補助として、律学博士と共に神亀5年（728年）に設置されました。明経道が儒学を教える中心的な学科であったのに対し、文章博士は儒学以外の漢文解釈を担い、補完的な役割を果たしていたのです。

しかし、文章博士の役割は、単なる補助的なものにとどまりませんでした。日本社会では、思想や法制よりも、文学や歴史への関心が比較的強かったため、文章博士の地位は徐々に上昇していきました。宝亀3年（772年）には、大学寮の長である大学頭と文章博士を兼ねる者が現れるなど、その重要性が認識されていったのです。弘仁12年（811年）には、官位が従五位下にまで引き上げられ、諸博士の筆頭であった明経博士をも凌駕する、大学寮の教官の中で唯一の貴族身分となりました。

さらに、承和元年（834年）には、紀伝博士と統合され、定員は2名となりました。学科名としては「紀伝道」と呼ばれるようになったものの、博士の称号は「文章博士」として維持されました。貞観元年（859年）には、職田も増加し、その地位の盤石さが伺えます。

文章博士の業務は、大学寮での教育や試験だけではありませんでした。天皇や摂関、公卿といった権力者への侍読や、漢詩の作成、公文書の執筆なども重要な任務でした。そのため、権力中枢との繋がりも深く、文章博士の経歴を持つ者の中には、公卿にまで昇り詰めた者も少なくありませんでした。春澄善縄、橘広相、紀長谷雄など、平安時代末期までに12名もの文章博士出身の公卿がいたとされています。

特に、菅原清公を祖とする菅原氏は、文章博士の地位を基盤として、3代にわたって公卿に昇るなど、顕著な成功を収めました。彼らは、大学寮の紀伝道の直曹として公認された文章院を創設し、多くの優秀な人材を育成しました。菅原氏の門下には、橘広相や島田忠臣といった著名な人物も含まれており、彼らの私邸にまで教えを請いに来る者も少なくなかったと言われています（「菅家廊下」）。

しかし、菅原道真の失脚によって、菅原氏による紀伝道の独占は終わりを告げます。その後は、大江氏、そして藤原氏が文章博士の地位を占めるようになりました。特に、大江氏は文章博士を一族で独占し、文章院の権限を一部奪うことにも成功しました。平安時代中期以降は、菅原氏、大江氏、そして藤原氏の南家、式家、北家（日野流）の5つの家系が、文章博士の地位を交互に占めるようになりました。

このように、文章博士は単なる教官職を超えた、政治的にも重要な役割を担っていました。その地位の高さや、比較的短期間で要職への転任が可能な点などが、特定の氏族による世襲化を促した要因と言えるでしょう。文章博士の歴史は、古代日本の政治、文化、そして教育制度の変遷を理解する上で、非常に重要な要素となっています。

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