虚栄 (ティツィアーノ)

ティツィアーノの寓意画「虚栄」

盛期ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1515年頃に制作した油彩画「虚栄」は、ラテン語で「空虚」や「虚栄」を意味するヴァニタスを主題とした寓意画です。現在はミュンヘンのアルテ・ピナコテークに所蔵されており、その象徴的な表現と美しい構図で多くの人々を魅了しています。

作品の詳細

この作品の中心には、ブロンドの髪を持つ美しい女性が描かれています。彼女は深い緑色のドレスを身に着けていますが、左肩からドレスがずり落ち、肩のラインが露わになっています。女性は楕円形の鏡と、火が消え白い煙が立ち昇る蝋燭を持っています。鏡には八角形の木製額縁が施されており、その鏡面には宝石や真珠をあしらった指輪、ネックレスなどの宝飾品、金貨などの財産が映し出されています。さらに、糸巻き棒や紡錘を持つ老女の召使も描かれており、現世的な富や所有物と、人生の儚さが対比的に表現されています。

描かれている女性像は、ティツィアーノの師であるジョルジョーネが確立した理想化された美しい女性像を踏襲しており、「鏡の前の女」「サロメ」「フローラ」など、ティツィアーノの他の作品にも共通する特徴が見られます。糸や紡錘は、運命の三女神モイラを連想させ、いつでも断ち切られる可能性のある生命の糸を暗示しています。鏡に映る貨幣は虚栄を象徴し、火の消えた蝋燭は、この世のすべてのものが儚いものであるということを示唆しています。

科学的な分析と帰属

X線を用いた科学的分析によると、当初、女性は左手で髪を持ち上げていたと考えられています。また、鏡やそこに映る宝飾品などの現世の富を象徴するモチーフは、ティツィアーノが最初に描いた絵に追加されたものである可能性が高いとされています。特にこれらの追加は17世紀頃に行われたと考えられ、女性像をより道徳的なメッセージを持つ作品に変えていると解釈されています。

作品の帰属については、長年にわたり混乱が見られました。バイエルン選帝侯のコレクションに収蔵されていた際にはパルマ・イル・ヴェッキオ、シュライスハイム宮殿に収蔵されていた際にはフランチェスコ・サルヴィアーティの作品とみなされたこともありました。また、イタリアの美術評論家ジョヴァンニ・バティスタ・カヴァルカゼルとイギリスの美術史家ジョゼフ・アーチャー・クロウはイル・ポルデノーネの作品と判断しました。アルテ・ピナコテークに収蔵されてからはジョルジョーネに帰属されていましたが、1880年にジョヴァンニ・モレッリによってティツィアーノの作品とされました。

作品の来歴

この作品は、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世のプラハのギャラリーにあったものが、1618年にバイエルン選帝侯のコレクションに収蔵されたと考えられています。その後、1748年にはシュライスハイム宮殿に収蔵され、1884年以降はアルテ・ピナコテークのコレクションとして現在に至っています。

描かれた寓意

「虚栄」は、人間の欲望や所有欲、美しさといった現世的な価値観が、いかに儚く空虚なものであるかを象徴的に表現した作品です。美しい女性の姿と、鏡に映し出される財産や老女の姿は、美と死、富と虚無という相反する概念を同時に提示しています。また、消えゆく蝋燭は、人生の有限性、そしてすべてのものが最終的には消えてしまうという儚さを表しています。ティツィアーノはこれらのモチーフを通して、鑑賞者に対し、現世的な価値観にとらわれず、より精神的な価値を追求することの大切さを問いかけているのかもしれません。

まとめ

ティツィアーノの「虚栄」は、その美しい女性像と、象徴的なモチーフによって、人間の欲望や虚無感を巧みに表現した作品です。作品の背後にある深い意味と、その歴史的な背景を知ることで、より深く作品を理解することができるでしょう。16世紀ヴェネツィア絵画の傑作として、現在も多くの人々を魅了し続けています。

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