蛸足大学

蛸足大学

蛸足大学（たこあしだいがく）とは、地理的に離れた場所に複数のキャンパスが点在しており、それによって様々な問題が生じていると見なされる大学を指す俗語です。

歴史的背景

この言葉が広まった背景には、第二次世界大戦後の日本の教育制度改革があります。戦前は複線的な学校体系でしたが、戦後は単線型へと改められました。この過程で、全国各地に既に存在していた専門学校、師範学校、旧制高等学校といった多様な高等教育機関が、都道府県ごとにまとめられ、新たな大学として発足しました。また、以前から複数の学部を持っていた大学も、教養課程を担当していた旧制高等学校などを統合する必要に迫られました。これらの教育機関はそれぞれ異なる場所に設立されていたため、統合後も元の敷地がそのまま引き継がれる形でキャンパスが分散しました。さらに、統合された旧組織が独立した学部として運営されることが多かったことも、キャンパスが物理的に分かれた状態が継続する要因となりました。

一方、規模の大きな私立大学の中には、本部から遠く離れた場所にキャンパスを持つケース（例えば日本大学など）がありますが、こうした大学が一般的に「蛸足大学」と呼ばれることは少ないようです。

蛸足大学の具体的な問題点

キャンパスが複数箇所に分散していることによる問題は多岐にわたります。例えば、キャンパス間が200km以上離れているといった極端な例（信州大学など）も存在し、これは大学全体の発展を妨げると指摘されています。

主な弊害としては、以下のような点が挙げられます。

移動と情報交換の困難さ: 物理的に離れているため、教職員や学生のキャンパス間の移動に時間と労力がかかり、円滑な情報交換や連携が阻害されがちです。
運営コストの増大: キャンパス間での内線電話が使えないなど、通信費をはじめとする経費がかさむ傾向があります。
学生への負担: 学生が進級に伴い、遠く離れた別のキャンパスへ移る必要が生じることがあります。これにより引っ越しが必須となり、経済的な負担や生活環境の変化が学生に重くのしかかる問題も指摘されています。
一体性の欠如: キャンパスごとに所属する学部や学科が異なる場合、他のキャンパスの状況を知らない学生も少なくなく、大学全体としての帰属意識や一体感を醸成しにくい側面があります。

こうした問題を解消するため、多くの大学施設で分散した機能の集約化や統合が検討されています。

統合・移転に伴う課題

分散したキャンパスを統合しようとする試みには、様々な困難が伴います。

リソースの問題: 新しいキャンパスを建設する際には、広大な敷地の確保に加え、転入する教職員や学生のための居住施設、さらには用水などの資源確保が大きな課題となります。
地域からの反対: キャンパスが移転・閉鎖される自治体では、地域経済や活気の低下を懸念し、転出に反対する動きが見られることがあります。文部大臣が、大学側の一方的な決定ではなく、住民の理解を得ることの重要性を指摘した事例もあります。
歴史的資産の保存: 長い歴史を持つ建物の多い旧キャンパスが閉鎖されることに対し、その文化的価値や思い出が失われることを惜しむ声も少なくありません。

事例と解決への試み

「蛸足大学」として問題が報じられた具体的な事例と、それに対する大学や関係者の取り組みを紹介します。

山形大学: 鶴岡市にある農学部と山形市の本部キャンパスが大きく離れている点が指摘されました。学部存続を求める地域の声もあり、当時の文部大臣も住民理解の重要性を強調しました。
新潟大学: 県内に点在していた旧制学校を引き継ぎ発足し、「蛸足大学」と呼ばれました。キャンパス整備の声が高まり、当初は少数派だった移転統合論が主流となりました。しかし、移転先自治体や学生の一部から強い反対運動が起こりましたが、約12年をかけて五十嵐地区への統合が完了しました。ただし、医学部など一部キャンパスは元の場所に残っています。
信州大学: 昭和30年代から弊害解消の試みがなされ、松本市に教養部を置いて1年生を集めるなどの対応が取られました。通信ネットワークの整備も進められましたが、キャンパス間の不便さは完全に解消されず、学生や教職員の不便さは続きました。キャンパスは県内5カ所に分散していました。
岐阜大学: 3カ所に分散していましたが、一部学部と本部機能が柳戸地区に統合されました。医学部は別の場所ですが、統合が検討されています。
静岡大学: 5つの基盤校が合併して発足し、当初は文字通り8カ所にキャンパスが分散していました。これにより一体的な教育が困難な状況がありました。
神戸大学: 1960年代には学舎の点在が問題視され、「蛸足大学」と認識されていました。
広島大学: 戦後の再編時から「蛸足大学」と呼ばれ、理念の共有にも障害がありました。原爆の影響もあり、県内広範囲に施設が分散していましたが、東広島への移転統合が進められました。移転には多くの関係者の移動とリソース確保が必要でした。
九州大学: 「蛸足大学」とされていましたが、福岡市西区の伊都地区への移転統合計画がまとまりました。複数箇所に分散していたキャンパスの一部が移転しましたが、全てのキャンパスが集約されたわけではなく、移転後の交通の不便さから「蛸足」状態が悪化したと見る向きもあります。移転計画の過程で関係者への情報公開不足や歴史的建物の保存に関する声も上がりました。
長崎大学: 1949年の発足時に、医学部、経済学部、水産学部、薬学部、学芸学部が県内の異なる市町村に分散し、運営上の大きな不便が生じていました。
その他の事例: 国内では高知女子大学、海外ではカナダのジョージアン技術大学なども、複数キャンパスを持つ例として紹介されることがあります。

「蛸足大学」が抱える問題は、単に場所が離れているだけでなく、教育・研究体制、大学運営、そして学生や地域社会との関係に深く関わる課題であり、その解消には多角的な視点と関係者間の合意形成が不可欠です。

関連項目

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