蜘蛛の研究

『蜘蛛の研究』は、湯原清次によって1931年（昭和6年）に綜合科学出版会から発行された、日本初のクモ類図鑑であり専門書です。蘭山会叢書の一つとして刊行され、当時の定価は三円五〇銭でした。

概要

本書は305ページの本文に加え、岸田久吉による3ページの跋文で構成されています。ハードカバーで表紙は無地というシンプルな装丁です。内容はクモ類に関する基礎知識、各種クモの図版と解説文からなり、これらは湯原清次が和歌山県師範学校専攻科の卒業論文として作成したものが基になっています。湯原は1929年に師範学校を卒業後、同年11月に24歳という若さで亡くなりました。そのため、本書は友人であった久世善次、楠山正彦らの尽力により、阪口総一郎、岸田久吉の監修を受けて出版されました。

内容詳細

本書は以下の構成でクモ類について解説しています。

序文: 師範学校校長の有元久五郎、坂口総一郎、久世善次、楠山正彦が序文を寄せています。
自序: 湯原清次による自序。
第一章: 「蜘蛛類の動物学的位置」と題し、クモ類の分類学的な位置づけと分類体系を解説。
第二章: 「真正蜘蛛類の一般的研究」として、クモ類の外部形態、内部構造、発生、習性、そして人間との関わりについて網羅的に解説。
第三章: 各論として、各種クモの図版と解説を掲載。線画は湯原自身が描いたもので、主に和歌山県で採集されたクモが取り上げられています。ザトウムシ類も付録として5種収録。
第四章: 「蜘蛛類の採集保存および記載上の注意」として、クモの研究方法について解説。
* 跋: 岸田久吉による跋文。

学問的内容

本書は動物図鑑としての典型的な構成を持ち、クモ類全般にわたる解説や個々の科に関する説明など、広範囲にわたって充実した内容です。八木沼健夫は、湯原が23-24歳でこれだけの業績を上げたことは稀有であると評価しています。各科の特徴を列挙し、コガネグモ科では亜科への検索表を設けるなど、同定の助けとなる工夫も凝らされています。解説されている科は24にのぼり、中には日本に産しない科も含まれています。

個々の種に関しては、岸田久吉が同定を行っており、当時の水準としては最高レベルと言えます。図版と共に取り上げられている種は154種ほどで、1種について複数の図が掲載されている場合もあります。ただし、ほとんどが背面図であり、生殖器の図などは含まれていません。

古い文献であるため、現在の分類体系とは異なりますが、八木沼健夫が新旧の対応関係を示しています。

図版については、坂口総一郎が湯原の描画技術の向上について言及しています。実際に掲載されている図は図鑑として十分なレベルですが、若干バランスの悪い図や、図と記述に混乱が見られる箇所もあります。

学名に関しては、湯原自身は新種記載を目指していませんでしたが、岸田久吉が名前を付けながら記載を怠っている例があり、結果として本書の記載が新種記載と見なさざるを得ない場合があります。例えば、「ユハラコブグモ」は岸田久吉によって新種と認められましたが、記載が存在しないため、命名者は湯原とせざるを得ない状況です。しかし、標本が保存されていないため、厳密にどの生物を指すのか不明であり、現在では学術的な価値を生かすことは難しい状況です。

影響

本書は出版当時、日本で唯一のクモ図鑑として大変重宝され、その後のクモ類研究に大きな影響を与えました。八木沼健夫もそのように述べています。本書の出版後、複数のクモ類関連書籍が出版されましたが、それらにおいても本書はよく引用されました。

植村利夫は湯原の研究を受け継ぎ、1936年に和歌山県蜘蛛類目録を発表し、それが日本のクモ類リストの代用として利用されたこともあります。

著者について

湯原清次は明治39年4月26日に和歌山県有田郡で生まれました。大正15年に和歌山県師範学校本科を卒業後、昭和3年に同専攻科で博物科を履修し、阪口総一郎の指導を受けました。この時に岸田久吉を紹介され、標本を送って同定を受けるようになり、クモの研究に没頭しました。1929年に卒業後、有田郡の鳥屋城小学校に奉職しましたが、同年11月5日に黄疸症で亡くなりました。昭和4年に昭和天皇が紀南に行幸された際、彼の標本の一部が天覧に供されました。

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