血液サラサラ

「血液サラサラ」という表現は、一般的に血液の流れがスムーズで滞りがない、健康な状態をイメージして使われる言葉です。しかし、これは医学的な正式名称ではなく、その定義も曖昧です。主に健康に関する情報がメディアで取り上げられる際に広まり、特定の食品や方法によって実現できるかのように語られることが多くあります。

言葉の広がりと背景

この言葉が広く知られるようになったのは2000年頃からですが、その影響源としてしばしば挙げられるのが、NHKのテレビ番組「ためしてガッテン」です。1997年に「血液サラサラ健康法」として初めて紹介され、その後も継続的に放送されました。特に、人工の毛細血管モデルに血液を流してその様子を観察する「MC-FAN（エムシー・ファン）」という機器が番組で取り上げられたことで、「血液サラサラ」や「血液ドロドロ」といった状態が視覚的に印象づけられ、多くの関心を集めました。

MC-FANの実態と誤解

MC-FANは、人工的に作られた細い管（直径約7マイクロメートル）に血液を流し、その通過速度や詰まり具合を測定することで、赤血球の変形能力や血小板の凝集能などを評価する装置です。赤血球の直径は約8マイクロメートルであるため、毛細血管のような細い管を通る際には柔軟に変形する必要があります。MC-FANは、このような微小な血管での血液の性質を調べるのに用いられます。

しかし、この機器で測定される毛細血管レベルの血液の流動性は、心筋梗塞や脳梗塞の原因となる太い血管で発生する動脈硬化とは直接関連しません。動脈硬化は血管壁にコレステロールなどが蓄積して硬くなる病態であり、血液自体の粘度や流動性とは異なる問題です。

また、MC-FANや一般的な顕微鏡で血液を観察する際に、血液サンプルの準備方法（例えば、ガラス板で血液を押し広げる強さ）を調整するだけで、血液が凝集して「ドロドロ」に見えたり、広がって「サラサラ」に見えたりと、見かけ上の状態を意図的に操作できることが問題となりました。この操作性が悪用され、「あなたの血液はドロドロで危険な状態だ」と消費者の不安を煽り、科学的根拠に乏しい高額な商品やサービス（健康食品、磁気ブレスレット、エステティックサービスなど）を販売する詐欺行為が多発しました。国民生活センターも繰り返し注意喚起を行い、実際に詐欺容疑で逮捕者も出ています。

医学的な文脈での使用

医療現場で医師がワルファリンのような抗凝固薬や抗血小板薬を処方する際に、その作用を患者に分かりやすく説明するために「血液をサラサラにする薬」と表現することがあります。これは、これらの薬が血栓ができるのを防ぐ効果を持つことを指していますが、同時に脳出血などの出血リスクを高める可能性もあるため、必ず医師の判断と管理のもとで使用される医療品です。また、血液内科などで多血症の患者さんや、糖尿病・循環器内科で高血糖・高脂血症の患者さんに病状を説明する際に、「血液がドロドロの状態」と例えることがありますが、これも病態をイメージしやすくするための比喩的な表現であり、一般的な「血液サラサラ」の健康イメージとは異なります。

疑似科学との関連と法規制

「血液サラサラ」や「血液ドロドロ」という言葉は、「デトックス」「経皮毒」「好転反応」「免疫力」などと同様に、健康や医療に関する疑似科学や非科学的な主張で頻繁に用いられるキーワードです。医学的・科学的な根拠が不明確な情報が多いことから、注意が必要です。

健康食品やサプリメント、その他の商品やサービスにおいて、「血液がサラサラになる」「血液を浄化する」といった医薬品のような効果効能を謳うことは、医薬品医療機器等法（薬機法、旧薬事法）によって禁止されています。また、健康増進法や景品表示法にも違反する可能性があります。

科学的根拠が疑問視される「血液サラサラ」対策

「血液サラサラに効果がある」と広く言われるものの中には、その科学的根拠が十分でないものが多くあります。

特定の食品: タマネギやナットウキナーゼなどが挙げられますが、これらの効果は試験管内の実験で確認されたものに過ぎず、食品として摂取した場合に体内で同様の効果が得られるかは証明されていません。ナットウキナーゼは熱や消化酵素で分解されるタンパク質です。
水の多飲: 「水をたくさん飲めば血液が薄まりサラサラになる」という考え方がありますが、健康な体では腎臓が体内の水分バランスを厳密に調節しており、過剰な水分は尿として排出されます。通常の飲水で血液の組成が大きく変わることはなく、むしろ過剰な水分摂取は水中毒のリスクを伴います。
* 血液クレンジング: 採取した血液にオゾンを混ぜて体に戻す療法で、「血液を浄化する」として「サラサラ効果」を謳う場合があります。しかし、これは血液の色が変化する見た目の印象によるもので、医学的な明確な根拠はありません。感染症や溶血などのリスクも指摘されており、国の安全性・有効性の確認がない自由診療として行われています。

悪質商法の事例

「血液サラサラ」という言葉は、その分かりやすさと健康イメージから、悪質商法に度々悪用されてきました。前述の顕微鏡を用いた見え方の操作は典型的な手口です。消費者、特に高齢者の健康への不安を煽り、「血液がドロドロだ」と偽って診断し、全く効果のない、あるいは効果が証明されていない高額な商品やサービスを売りつける被害が多数報告されています。2007年には、この手口で24億円以上を騙し取った詐欺事件が発生し、大きな社会問題となりました。このような商法は、薬機法違反や医師法違反に問われる可能性があります。

語源と研究状況

「血液サラサラ」という言葉は、1980年代の書籍にも登場しており、比較的新しい言葉ではありません。1990年代には、MC-FANの開発に関わった研究者や医師らが、毛細血管モデルにおける血液の流れを表現するためにこの言葉を用いたとされています。

MC-FANを用いた血液流動性に関する研究は現在も続いていますが、その測定結果が実際の体内の血液循環や、心筋梗塞などの重要な疾患とどのように関連するのかについては、医学界でもまだ研究途上にあり、統一的な見解は得られていません。研究データの蓄積や、測定方法の標準化など、課題が指摘されています。

まとめ

「血液サラサラ」は、健康に関心を持つ人々にとって耳馴染みの良い言葉ですが、医学的な根拠が曖昧であり、その曖昧さから非科学的な情報や悪質な商法に利用されやすい特性を持っています。「血液サラサラに効く」と謳う情報や商品に接する際は、その科学的な根拠や信頼性を慎重に見極め、安易に信用しないことが、自身の健康と財産を守る上で非常に重要です。健康に関する情報は、信頼できる医療機関や専門家から得るように心がけましょう。

もう一度検索