西川ヒノデ・サクラ

昭和の演芸界において、長きにわたり存在感を放った「西川ヒノデ・サクラ」は、単なる漫才コンビにとどまらず、音楽ショウ、コミックショウとしてその形態を変化させてきました。中心人物である西川ヒノデを中心に、時代や状況に応じて「サクラ」役を担うメンバーが入れ替わり、グループ名や編成も大きく変動した点が特徴です。

このグループの始まりは、1941年4月に西川ヒノデが初代西川サクラと組んだ「ヒノデ・サクラショウ」に遡ります。ヴァイオリンを用いた時事漫才や、歌や演奏を取り入れた音楽ショウで、当時の人気を博しました。当初は吉本興業に所属していましたが、1939年には新興キネマ演芸部へ高額な報酬を条件に移籍しています。戦後は千土地興行に長く所属しましたが、後に再び吉本興業に戻り、旧うめだ花月などでも舞台を務めました。グループは最終的に自然消滅したとされていますが、晩年には西川ヒノデ一人が新世界新花月の舞台に立っていた時期もあったようです。

中心人物：西川ヒノデ

本名：西川英一郎。1909年3月18日生まれ、2004年1月17日没。奈良県吉野郡下市町の地主という名士の家柄に育ちました。幼少期に神長瞭月らのヴァイオリン演歌に心を奪われ、独学で芸の道を志し、1922年から旅回り一座に加わります。初期には「アサヒ・ヒノデ」というコンビを組みますが、目立った活躍はできませんでした。転機となったのは、当時人気絶頂だったミスワカバとの出会いです。1937年頃から交際を始め、1938年にはミスワカバと結婚し「ヒノデ・ワカバ」を結成する意向を吉本興業に伝えますが反対され、これを機に吉本との関係が悪化します。1941年4月、ミスワカバを西川サクラと改名させ、正式にコンビを結成。敬愛するミスワカナ・玉松一郎に続き、新興キネマ新興演芸部に移籍しました。ここでは、ヒノデのヴァイオリン演奏に合わせ、サクラが流暢な歌やセリフを聞かせる音曲漫才が人気を集め、レコードやラジオ番組でも活躍しました。テイチクレコードの専属となり、戦地慰問にも参加するなど精力的に活動しましたが、空襲による劇場の焼失などにより、地方巡業などで困難な時期をしのぎました。戦後、師と仰いだミスワカナが急逝し、追悼興行に出演したのが初代サクラとの最後の舞台となりました。その後、ヒノデは弟子の赤阪秀香や西川小サクラとトリオ漫才を組んだり、女優の丘みどりとコンビを再結成して「西川ヒノデ・サクラ」を一時的に復活させたりもしましたが、すぐに解散しています。また、初代サクラが亡くなった1947年以降は俳優としても活動し、183本もの映画に出演しています。1956年には、「西川ヒノデショウ（カルテット）」の一員だった浪曲師の吉田駒千代と結婚し、彼女を2代目（資料によっては3代目とも）西川サクラと名乗らせ、夫婦コンビとして数年間活動しました。1961年にこの2代目サクラと離婚した後は、弟子たちが次々と加わり「西川ヒノデショウ」が拡大、「西川ヒノデと笑いの楽団」として賑やかな一座となりました。しかし、1977年には弟子の西川チェリーを3代目（4代目とも）西川サクラとし、「西川ヒノデ・サクラ」を再び結成します。1981年にこのコンビも解消し、弟子の西川ひかるが西川サクラを名乗り、歌謡ショウを行っていた時期を経て、平成の初め頃に引退し隠居生活に入ったとされています。晩年はヴァイオリン演歌や漫談を披露するなど悠々自適に過ごす傍ら、古くからの芸人仲間との交流も大切にしました。1996年にはテレビ番組「探偵!ナイトスクープ」にも出演し、戦前のヴァイオリン漫才師として紹介されました。2004年、94歳で亡くなりました。新興キネマ演芸部に引き抜かれた花形漫才師の中でも、最後まで存命していた一人でした。西川ヒノデには実弟で弟子の西川ヒデ坊がいます。

歴代の西川サクラたち

「西川ヒノデ・サクラ」のもう一方の柱でありながら、資料が少なく不明な点も多いのが「サクラ」という名前を受け継いだ女性たちです。

初代 西川サクラ：本名：西川（旧姓 武田）政枝。1914年生まれ、1947年11月19日没。元は杉原政子という名で活動しており、ミスワカナの妹分としてミスワカバの名を名乗りました。浅田家寿郎らとのコンビを経て、西川ヒノデと結婚。1941年4月より西川サクラとして活動を開始します。戦時中は敵性語の使用禁止により「玉松ワカバ」と名乗った時期もありました。非常に幼く見える容姿から、周囲によくからかわれたといいます。戦後、ミスワカナ追悼興行に出演したのが最後の舞台となり、病に伏せ、1947年に32歳または33歳で亡くなりました。
2代目 西川サクラ：上田五万楽の娘とされていますが、詳細は不明です。
2代目（資料によっては3代目）西川サクラ：本名：木下恒子。1927年12月21日生まれ、1989年5月29日没。元浪曲師の吉田駒千代として活動。「西川ヒノデショウ（カルテット）」に参加後、西川ヒノデと結婚し、夫婦コンビとして「ヒノデ・サクラ」で数年間活動しました。離婚後は自らの歌謡浪曲ショウ「フラワーショウ」を立ち上げ、華ぼたんの名でトップスターとして活躍しました。1989年に61歳で亡くなりました。
3代目（資料によっては4代目）西川サクラ：本名：嘉納陽子。1937年生まれ、2004年頃没。和歌山県出身。浪曲師岡本円造門下で岡本京子として芸を始め、後に一条美雪、西川チェリーと改名を経て、1975年に3代目サクラを襲名しました。1981年からは実弟の西川ヒデキと「西川サクラ・ヒデキ」を結成し、後に「椿ようこ・けんじ」と改名して2003年頃まで舞台に立ちました。66歳または67歳で亡くなったとされています。
* 4代目 西川サクラ：本名：北沢喜久子。1945年11月23日生まれ。大阪府出身。西川ヒノデ門下の子役として西川ひかるを名乗りました。一度は銀行に就職しますが、半年で辞めてヒノデショウに戻り、「コミックトリオ」や夢乃タンゴとの音曲漫才を経て、松竹新喜劇や吉本新喜劇に出演します。NHKの「お笑いオンステージ」にレギュラー出演して全国的な知名度を得て、一時的に4代目西川サクラを襲名しました。コメディエンヌとして長く活躍し、2001年に療養のため休業しましたが、現在は復帰しています。

グループを支えた人々

「西川ヒノデショウ」や「西川ヒノデと笑いの楽団」には、多くの弟子や伴奏者が参加しました。華ばら、西川日出七・日出八、西川小サクラ・ヒデ次、西川シネマ・スコープ、西川大番頭・小番頭といった弟子たちに加え、泉詩郎歌謡ショウに参加した初代西川ヒロシ、松島次郎、初代西川ヒデキ（アコーディオン）などが名を連ねます。また、後の「Wヤング」を結成する西川ヒデ若（平川幸朗）と西川ヒデオ（中田軍治）、作曲家に転身した2代目西川ヒロシ（中川ヒロシ）、音楽ショウ「可愛コヒデショウ」を結成した可愛コヒデ、元「あひる艦隊」リーダーでトランペット担当の森井良太郎、西川三郎、西川四郎、西川ヒーター、ミス浪花、西川助三、西川格三、そして「西川トリオ」を結成した西川そごう、西川ハヤト、西川ひよ子（現：萩本果穂）など、多様な才能がこの一座に関わりました。

西川ヒノデ自身は多くの映画やテレビドラマに出演しており、「必殺」シリーズなどの時代劇でもその姿を見ることができます。また、SP盤の復刻音源もリリースされており、当時の芸の一端をうかがい知ることができます。長い活動期間の中で多くのメンバーが入れ替わり、形態を変えながらも、西川ヒノデと「サクラ」の名は昭和の上方演芸史に確かな足跡を残しました。

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