西郷信綱

西郷信綱：日本の古代文学研究を牽引した巨匠

西郷信綱（1916-2008）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍した日本の国文学者です。上代文学、特に古代文学を専門とし、その研究は日本の国文学界に大きな足跡を残しました。横浜市立大学名誉教授を務めたほか、法政大学やロンドン大学でも教鞭を執るなど、国内外で活躍しました。

学問への道：転向と多様な経験

大分県に生まれた西郷は、東京帝国大学英文科に入学します。しかし、斎藤茂吉の短歌に感銘を受け、国文科に転科。その後、丸山静らとともに「アララギ」派の短歌に傾倒するなど、若き頃から独自の感性と探究心を持ち合わせていました。戦後には鎌倉アカデミアの創設にも参加し、教育者としての顔も持ち合わせていました。

研究：革新的な視点と多角的なアプローチ

西郷の研究は、既存の学説に捉われない独創的な視点と、多角的なアプローチが特徴です。代表的な著作『貴族文学としての万葉集』では、従来庶民の歌とされていた防人歌や東歌を、貴族歌人の仮託によるものと論じました。この説は国文学の世界では一定の評価を得ていますが、国語教育の分野では未だに議論の的となっています。

歴史社会学の立場を踏まえ、日本文学協会に所属しながら数多くの研究成果を発表。その研究対象は多岐に渡り、万葉集をはじめとする古典文学はもちろん、神話や古代思想、古代社会の構造など、幅広いテーマに取り組みました。 常に新たな解釈を探求し続け、日本の古代文学研究に新たな地平を切り開いたと言えるでしょう。

著作：多様な分野を網羅する膨大な業績

西郷は、その生涯で膨大な数の著作を残しました。代表的な著書には、『古事記注釈』（角川源義賞受賞）、『貴族文学としての万葉集』、 『日本古代文学史』、『古事記の世界』などがあります。これらの著作は、その緻密な分析と、分かりやすい解説で広く読まれ、高く評価されています。単なる学術書にとどまらず、一般読者にも理解しやすいように工夫された文章は、彼の類まれな文章力と、古代文学への深い愛情を物語っています。

また、『梁塵秘抄』や『源氏物語』に関する著作も多数あり、古典文学への深い造詣の深さを示しています。さらに、斎藤茂吉に関する評伝も著しており、その多様な関心と幅広い知識がうかがえます。晩年には『西郷信綱著作集』全9巻が刊行され、その生涯の研究成果がまとめられました。

受賞と功績：学界への貢献と社会活動

西郷は1990年、『古事記注釈』で角川源義賞を受賞。1995年には文化功労者にも選ばれるなど、その研究業績は高く評価されました。また、「九条科学者の会」呼びかけ人を務めるなど、社会活動にも積極的に参加していました。

急性心不全のため逝去

2008年9月25日、急性心不全のため92歳で逝去。日本の古代文学研究に多大な貢献をした西郷信綱の死は、日本の学界に大きな損失をもたらしました。しかし、彼の残した著作は、今後も多くの研究者や読者たちに、古代日本の文化と歴史への理解を深めるための重要な資料であり続けるでしょう。

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