許孚遠

許孚遠（きょ ふえん）

許孚遠は、明代末期の官僚であり、福建巡撫としてその名を歴史に刻みました。彼の生涯は、当時の国際情勢と国内問題が複雑に絡み合う中で、様々な政策を推し進めた軌跡です。

生涯

許孚遠は、浙江省湖州府徳清県で生まれました。万暦10年（1582年）に科挙に合格し、官僚としての道を歩み始めます。工部主事から吏部主事へと昇進し、その後、通政使司右通政という要職に就きました。彼のキャリアは、着実に中央官僚としての地位を固めていくものでした。

万暦20年（1592年）、許孚遠は福建巡撫という地方官の長に任命されます。この時、日本軍が朝鮮に侵攻しており（文禄・慶長の役）、明朝は日本への対応に苦慮していました。北京の兵部尚書の石星は、日本に間諜を派遣し、現地の情報を収集するように命じます。許孚遠は、この任務を遂行するため、錦衣衛指揮の史世用を密航船の海商に変装させ、大隅国内之浦（現在の鹿児島県肝付町）に潜入させました。

史世用は、薩摩の島津義久の侍医であった明人の許儀後から日本の情報を得ます。その情報によると、日本の諸大名は豊臣秀吉の独裁的な権力を恐れており、秀吉に内心反感を抱いている者が少なくないとのことでした。この情報に基づき、史世用は明軍20万を日本に派遣し、反秀吉の諸大名と連携すれば、秀吉を朝鮮から撤退させることができると許孚遠に報告しました。

この報告を受けた許孚遠は、日本遠征軍の派遣を北京に提案します。同時に、第二の間諜を日本に派遣し、さらなる情報収集を図りました。しかし、北京では石星が沈維敬を介して日本との講和を進めており、遠征計画は多大な費用を要するため、却下されてしまいます。石星にとって、講和こそが最優先事項であり、軍事的な解決は彼の政策に反するものでした。

一方、福建では万暦21年（1593年）に不作に見舞われ、米価が急騰しました。許孚遠は米価の値上げを禁じる措置を講じましたが、米商人が売り惜しみを始めたため、飢える人々が続出します。この状況に対し、官僚の中には「許孚遠は道学を自負しているが、経済に疎く、軍民の上に立つのは難しい」と批判する者もいました。彼は地方行政の難しさに直面することになります。

翌万暦22年（1594年）、スペインのフィリピン総督（呂宋酋長）の子が福州府に使者を派遣し、華僑が反乱を起こして総督を殺害し、船を奪って逃走したと訴えました。この事件を許孚遠が上奏したところ、朝廷はルソンの使者を厚くもてなし、日本事情を偵察させるようにと勅許を下します。これにより、福州とマニラの間で外交交渉が行われることになりました。

同年に許孚遠は南京大理寺卿に転任を命じられます。南京には中央官制が置かれていましたが、それは名目だけの閑職でした。その後、日本との講和が破綻し石星が失脚すると、許孚遠は兵部右侍郎に任命されました。これは、彼のこれまでの功績が認められた結果と言えるでしょう。

万暦32年（1604年）、許孚遠は病のため亡くなります。当時の人々は、彼のことを賢人であると評しました。彼の著作には「敬和堂集」があり、その中の三篇が「明経世文編」に収録されています。これらの著作は、彼の思想や政策を知る上で貴重な資料となっています。

許孚遠は、福建巡撫として日本への軍事行動を計画しましたが、その実現には至りませんでした。しかし、彼の日本への関心は、当時の国際情勢を反映しており、彼の政策は、明朝が直面していた外交と国内の両方の課題を浮き彫りにするものでした。また、米価の統制やスペインとの外交交渉など、多岐にわたる政策に取り組んだ許孚遠の姿は、当時の官僚の多様な役割を物語っています。彼の生涯は、単なる地方官の活動にとどまらず、明代末期の激動の時代を象徴するものであり、後世の歴史家によって、さまざまな観点から考察されています。

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