詐害行為取消権

詐害行為取消権とは

詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害すると知りながら行った行為を、債権者が取り消すことができる権利です。これは、債務者が自己の財産を不当に減少させ、債権者の債権回収を困難にする行為を防ぐための制度であり、民法424条以下に規定されています。以前は債権者取消権とも呼ばれていましたが、現行民法では詐害行為取消権という名称が用いられています。

制度の意義

債務者が債権者を害することを認識しつつ、財産を減少させる行為を行った場合、債権者は裁判を通じてその行為を取り消し、財産を債務者の責任財産に戻すことができます。この制度は、債権者の保護を目的としており、債務者に制裁を加えるものではありません。詐害行為取消権は、ローマ法のパウリアナ訴権に由来し、破産法上の否認権と同源ですが、現在ではその機能が大きく異なっています。

適用される場面

債務者の財産が減少すると、債権者が債権を回収できる可能性が低くなります。債務者が意図的に財産を減少させる行為（詐害行為）を行った場合、債権者はその行為を取り消し、失われた財産を回復させることができます。例えば、債務超過の債務者が、債権者への弁済を避けるために財産を贈与した場合などが該当します。

例

債務者Aが、債権者Xへの債務を弁済できないと知りながら、財産である土地を親戚Yに贈与した場合を考えます。この結果、Aの財産が減少し、Xは債権を回収できなくなる可能性があります。このとき、Xは詐害行為取消権を行使してYへの贈与を取り消し、土地をAに戻させ、その土地を差し押さえて競売にかけることで債権を回収することができます。

詐害行為取消権の要件

詐害行為取消権を行使するためには、以下の要件を満たす必要があります。

一般的な要件

1. 詐害行為: 債務者が債権者を害する行為を行ったこと。具体的には、債務者が無資力（債務超過の状態）になるような行為を指します。無資力状態は、詐害行為時と取消権行使時の両方で必要です。
2. 詐害意思: 債務者が債権者を害することを知って行為を行ったこと。また、利益を受けた者（受益者）も、その行為の時に債権者を害することを知っていた必要があります。
3. 財産権を目的とする行為: 詐害行為取消権は、財産権を目的としない行為には適用されません。
4. 被保全債権: 債権者は、詐害行為の前に発生した債権を保全するために、取消権を行使できます。また、債権発生の原因が詐害行為よりも前であれば、債権の発生が詐害行為の後であっても取消権を行使できます。

具体的な例

対象となる例:
不動産を時価相当額で売却する行為（金銭に変わり散逸しやすいため）
不動産の二重譲渡における第二の売買契約（債務者が無資力になった場合）
遺産分割協議
対象とならない例:
債権譲渡通知（対抗要件具備行為は、取消の対象とはならない）
相続放棄
離婚に伴う財産分与（不相応に過大である場合を除く）

相当の対価を得た財産処分

債務者が財産を処分し、相当の対価を得ている場合でも、以下の条件を満たす場合は、詐害行為取消権を行使できます。

財産の処分により、債務者が財産を隠匿するおそれがあること。
債務者が、対価として得た財産を隠匿する意思を有していたこと。
受益者が、債務者の隠匿の意思を知っていたこと。

特定の債権者への担保供与

債務者が特定の債権者に対して担保を提供した場合、以下の条件を満たす場合は詐害行為取消権を行使できます。

債務者が支払不能の状態で行われた担保供与であること。
債務者と受益者が、他の債権者を害する意図で通謀して行ったこと。
支払不能前30日以内に行われた担保供与で、義務に属さない行為であること。

過大な代物弁済

債務の消滅に関する行為で、受益者が受けた給付の価額が、消滅した債務額よりも過大な場合は、過大な部分について詐害行為取消権を行使できます。

転得者に対する詐害行為取消権

受益者からさらに財産を譲り受けた者（転得者）に対しても、詐害行為取消権を行使できます。ただし、以下の条件を満たす必要があります。

転得者が、債務者の行為が債権者を害することを知っていたこと。
複数の転得者がいる場合は、全ての転得者が、それぞれの転得時に債務者の行為が債権者を害することを知っていたこと。

詐害行為取消権の行使

詐害行為取消権は、裁判を通じてのみ行使できます。債権者は、受益者または転得者を被告として取消訴訟を提起します。訴訟では、詐害行為の取消しとともに、財産の返還または価額の償還を請求します。

訴訟手続き

1. 訴訟告知: 債権者は、訴訟を提起した際に、債務者に訴訟告知を行う必要があります。
2. 取消しの範囲: 債権者は、自己の債権額の範囲内でのみ取消しを請求できます。
3. 債権者への支払: 返還請求が金銭の場合、債権者は受益者または転得者から直接支払いを受けることができます。

詐害行為取消権の効果

確定判決は、債務者を含む全ての債権者に対して効力を持ちます。取り消された行為によって、受益者は債務者に対して反対給付の返還を請求する権利を持ち、債務が消滅した場合は、受益者の債権が復活します。

期間制限

詐害行為取消権を行使できる期間には制限があり、以下のいずれかの期間が経過すると行使できなくなります。

債権者が債務者の詐害行為を知った時から2年。
詐害行為の時から10年。

まとめ

詐害行為取消権は、債務者の不当な行為から債権者を保護するための重要な権利です。この権利を適切に行使することで、債権者は債権回収の機会を確保し、公平な債権の実現を目指すことができます。