諏訪忠厚

諏訪忠厚：信濃諏訪藩第六代藩主の生涯と二の丸騒動

諏訪忠厚は、信濃国諏訪藩の第六代藩主として知られています。第五代藩主・諏訪忠林の四男として、江戸の藩邸で誕生しました。宝暦13年（1763年）、従五位下伊勢守に叙任され、同年、父の隠居に伴い家督を相続、安芸守に任ぜられました。

しかし、忠厚は病弱であったため、藩政の実務は長年にわたり重臣らによって執り行われていました。彼は江戸藩邸での生活を主とし、藩政への関与は限定的でした。そのため、後世においては「暗愚」「無能」と評されることも少なくありません。

忠厚の治世における最大の出来事として、有名なのが「二の丸騒動」です。この騒動は、藩の財政悪化と、それを巡る家臣団内部の派閥争いが複雑に絡み合った結果、発生しました。

二の丸騒動前夜：財政悪化と派閥対立

諏訪藩は長年の財政難に苦しんでおり、藩政改革が喫緊の課題となっていました。先代の忠林の代にも改革は試みられましたが、失敗に終わっていました。忠厚は、この問題に積極的な関与を示さず、藩政は筆頭家老の千野貞亮が実質的に掌握していました。

千野は、藩財政再建のため、新たな役所の設置や領民への増税など、強硬な政策を断行しました。これにより藩の財政状況は改善しましたが、領民の不満も高まりました。千野の功績は忠厚から賞賛されましたが、これが後に騒動の発端となります。

諏訪藩の家臣団には、大きく分けて二つの派閥が存在していました。一つは、代々諏訪氏に仕えてきた古株の家臣である千野氏（三の丸居住）です。もう一つは、初代藩主の弟を祖とする高遠藩出身の家老一族（二の丸居住）です。両派閥は、知行高が共に1200石で、交代で家老職を輩出する伝統がありました。

千野の改革による功績が大きくなったことで、二の丸派の家老・諏訪頼保は、千野が藩の実権を完全に掌握することを危惧するようになりました。

騒動の勃発と展開

頼保は、忠厚の寵臣である渡辺助左衛門と結託し、千野への讒言を行いました。「千野の改革は領民を苦しめている」という訴えは、事実と異なる部分もありましたが、忠厚は十分な調査を行わず、千野を家老職から解任、閉門処分としました。

頼保は首席家老となり、恩賞を得ましたが、その政治手腕は乏しく、不正や私腹を肥やすなど、悪政を敷きました。しかし、千野は安永8年（1779年）に江戸の忠厚のもとへ赴き、頼保の悪政を訴えました。忠厚は激怒し、頼保を罷免しましたが、頼保はすぐに反撃に出ました。

忠厚には正室との間に子がなく、側室との間に二人の息子がいました。頼保は、忠厚の寵愛する側室の子を跡継ぎにしようと画策しました。この動きに反対した千野は、再び讒言によって家老職を解任され、幽閉されましたが、松本藩主の援助を受けて脱出、幕閣に訴えました。

幕閣の介入により、天明元年（1781年）10月、忠厚は家督を長男の忠粛に譲りました。千野は家老に復帰し、頼保らは処罰されました。こうして、「二の丸騒動」は終焉を迎えたのです。この騒動は、忠厚の政治的無能さが大きな要因となったと言えるでしょう。

系譜

父：諏訪忠林
正室：阿部正福の娘（後に柳沢信有と再婚）
側室：おとめ（木村氏）、おきそ（北川氏）
子女：諏訪忠粛（長男）、諏訪頼庸

忠厚の生涯は、病弱で藩政に積極的に関与しなかったこと、そして「二の丸騒動」という大きな政治的混乱を経験したことで特徴づけられます。彼の治世は、家臣団の派閥争いと財政難という困難な状況の中で、幕閣の介入によってようやく収束を迎えたといえるでしょう。

もう一度検索