豚戦争 (1906年)

豚戦争：セルビアとオーストリア＝ハンガリー帝国の貿易摩擦

豚戦争（ぶたせんそう）は、20世紀初頭の1906年以降に、セルビア王国とオーストリア＝ハンガリー帝国の間で発生した貿易を巡る対立です。オーストリア＝ハンガリー帝国がセルビアの主要な輸出品であった豚をはじめとする畜産品の輸入を禁止したことが、この名前の由来となっています。

背景

20世紀初頭まで、セルビアは主要な農産物輸出国であるオーストリア＝ハンガリー帝国との経済的な結びつきが非常に強く、いわばその「衛星国」のような状態でした。また、セルビアは近隣のオスマン帝国やブルガリアを牽制するためにも、オーストリア＝ハンガリー帝国との友好的な関係を必要としていました。

しかし、1903年に親オーストリア＝ハンガリー政策を採っていたオブレノヴィチ家の国王が倒され、カラジョルジェヴィチ家のペータル1世が新たに国王として即位すると、セルビアは親ロシア政策へと転換し、同盟関係をオーストリア＝ハンガリー帝国からイギリスやフランスへと移行させました。さらに、ブルガリアとの経済同盟も締結しました。

経緯

1906年、セルビアが兵器の購入先をオーストリア＝ハンガリー帝国のベーメンの兵器工場からフランスに変更したことが引き金となり、オーストリア＝ハンガリー帝国は対抗措置として、セルビアの主要な輸出品であった畜産品（豚またはその製品）などの農産物に対して禁止関税を課しました。これに対し、セルビアはオーストリア＝ハンガリー帝国からの輸入を拒否するという報復措置を取り、「豚戦争」が勃発しました。

セルビアは、オーストリア＝ハンガリー帝国以外のヨーロッパ諸国に新たな市場を求め、オスマン帝国のサロニカ（現在のギリシャ・テッサロニキ）の港を経由して交易を行いました。オスマン帝国のほか、エジプトやロシアに家畜の輸出先を拡大し、さらに皮肉なことに、オーストリア＝ハンガリー帝国の有力な同盟国であったドイツに市場を確保することによって、オーストリア＝ハンガリー帝国からの経済的な自立を達成しました。

影響

豚戦争を通じて高まったセルビアの民族意識は、反オーストリア＝ハンガリーへと向かいました。両国の関係は急速に悪化し、第一次世界大戦勃発の遠因の一つとなりました。

セルビアにとって豚戦争は、経済的な自立を達成し、民族意識を高揚させる契機となりました。一方、オーストリア＝ハンガリー帝国にとっては、外交上・通商上の失点となり、帝国の衰退を加速させる一因となりました。

参考文献

T・J・P・テイラー 著、倉田稔 訳『ハプスブルク帝国 1809〜1918 - オーストリア帝国とオーストリア＝ハンガリーの歴史』筑摩書房、1987年。ISBN 978-4480853707。
大津留厚『ハプスブルク帝国』山川出版社〈世界史リブレット〉、1996年。ISBN 4634343002。
柴宜弘『ユーゴスラヴィア現代史』岩波新書、1996年。ISBN 4004304458。
南塚信吾 編『ドナウ・ヨーロッパ史』山川出版社〈新版世界各国史〉、1999年。ISBN 4634414902。

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