足なえたち

ピーテル・ブリューゲルの寓意画『足なえたち』：社会風刺と多様な解釈

1568年、フランドル派の巨匠ピーテル・ブリューゲルによって制作された油彩画『足なえたち』(仏: Les Culs-de-jatte, 英: The Cripples)は、ルーヴル美術館に所蔵されている唯一のブリューゲルの作品として知られています。画面左下には「BRVGEL.M.D. LXVIII」の署名があり、施療院のような場所で集う5人の足なえの物乞いたちが描かれています。

作品の内容と詳細

彼らは、麦角菌に冒されたパンを食べたことによる壊疽のような病気で障害を負った人々だと推測されます。ブリューゲルの他の作品である『謝肉祭と四旬節の喧嘩』や『聖マルティンのワイン祭り』にも登場するこれらの物乞いたちは、本作では輪になって座り、どこかへ行くでもなく、ただ集まっている様子が描かれています。彼らの被り物や松葉杖は、当時の社会状況や生活様式を知る貴重な手がかりともなっています。

現代の視点では、ブリューゲルの作品は障害者への同情を示したものと捉えがちです。しかし、当時のヨーロッパ社会では、物乞いや障害者は悪人や欺瞞者の象徴として見なされており、彼らへの憐憫の情はほとんどありませんでした。「嘘つきは足をひきずる」という諺もあったほどです。

絵画は、活気のある広場ではなく、町の外れにある寂れた場所で、物乞いたちは軽蔑と嘲笑を誘うような形で描かれています。人物につけられたキツネの尾は、「虚偽」や「偽りを装う」ことの寓意であり、政治的風刺や嘲笑の象徴でもありました。背景にいる女性は空の容器を持ち、物乞いたちを無視している様子が描かれ、社会の冷淡さを表現しているとも考えられます。

絵画の裏側には、フラマン語とラテン語の銘文が残されており、それぞれ「足なえたちよ、万才、お前さんたちの商売に幸あれ」という物乞いへの皮肉めいた祝福と、ブリューゲルの芸術に対する賞賛が記されています。

多様な解釈と寓意

『足なえたち』は、単なる風俗画ではなく、複雑な寓意画と解釈するべきでしょう。その寓意を完全に解き明かすことは不可能ですが、様々な解釈が試みられています。例えば、物乞いたちの服のタヌキやキツネの尾を、1566年に結成された反スペイン組織「ゴイセン」と関連づける試みもありますが、同様のモチーフが他の作品にも見られるため、この解釈だけでは不十分です。

物乞いたちは、紙のシャコー帽、ベレー帽、紙の王冠、縁なし帽、ミトラといった様々な被り物をしていて、それぞれ兵士、貴族、王、農民、司教といった社会階層を象徴していると考えられます。これは、社会階層にかかわらず、道徳的堕落が誰にでも起こり得ることを暗示しているのかもしれません。また、画面中央に開けた部分から見える風景は、繊細な光を帯びており、ブリューゲルの自然への深い関心が感じられます。

結論

『足なえたち』は、当時の社会状況や人間の姿を鋭く描き出した、複雑で多層的な意味を持つ作品です。ブリューゲルの真意を完全に解き明かすことは難しいですが、この絵画を通して、私たちは当時の社会構造や人々の生き様、そして芸術家の視点について深く考えることができます。作品からは、社会への風刺、人間の弱さ、そして自然への深い敬意といった様々な要素が読み取れ、鑑賞者の心に長く残る作品となっています。

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