麦角菌

麦角菌とは

麦角菌（ばっかくきん）は、バッカクキン科の子嚢菌に属する真菌の一種で、主に穀物や牧草などのイネ科植物、あるいはカヤツリグサ科植物に寄生します。特に、C. purpurea（ライ麦麦角菌）がよく知られ、この菌はライ麦、小麦、大麦、エンバクなどの穀物に寄生します。この菌が生成する黒い角状の構造物を「麦角」と呼び、江戸時代から有名です。

麦角菌は、主に熱帯や亜熱帯地域に多く見られ、約50種が知られています。最近では製粉技術の進歩により、麦角菌の除去が行われていますが、過去には麦角中毒がしばしば発生し、特にヨーロッパでの食中毒事件が知られています。

生活環

イネ科植物の花が麦角菌の胞子に感染すると、寄生が開始され、まず胚珠を壊して白色の柔らかな組織を形成します。この柔組織から分泌される蜜滴には多量の分生子が含まれており、虫や風により他の花へと広がります。その後、柔組織は硬化して菌核に変化し、有毒成分を蓄積します。熱帯・亜熱帯に自生する麦角菌の一部は、異なる種類の分生子を生成しますが、C. purpureaに代表される北半球産の麦角菌ではこのような過程は観察されません。

成熟した菌核が地面に落ちると、休眠状態となり、適切な環境条件が整うと発芽し、キノコ状の子実体となります。この時、糸状の有性胞子が宿主植物の開花時に放出されます。また、熱帯の麦角は褐色や灰色で、種子に似た形状をもち、発見が難しいこともあります。

麦角中毒

麦角にはエルゴリン骨格のアルカロイドが含まれており、これが循環器系や神経系に対してさまざまな毒性を現します。例えば、神経系には手や足に燃えるような感覚をもたらし、循環器系には血管の収縮を引き起こすことで手足の壊死を引き起こすこともあります。また、脳への血流不足から精神異常、痙攣、意識不明、最悪の場合は死に至ることも報告されています。加えて、妊婦においては子宮収縮を引き起こし、流産をもたらすことがあります。

少量の麦角はかつて堕胎や出産後の出血を止めるために使われましたが、近年ではその使用は避けられ、代わりにエルゴタミンが偏頭痛の治療に用いられています。また、LSDという幻覚剤は、アルベルト・ホフマンによって麦角成分の研究中に偶然発見されましたが、LSD自体は麦角には含まれない合成物です。

歴史と文化

麦角菌の生活サイクルは19世紀に入って明らかとなりましたが、麦角中毒との関連性はそれよりも数世代前から知られていました。中世のヨーロッパでは、麦角菌に汚染されたライ麦パンによって麦角中毒が引き起こされ、多くの騒動が生じました。このため、麦角中毒の治療に秀でた聖アントニウス会の修道士が有名になり、病は「聖アントニウスの火」とも称されました。

また、古代ギリシャのエレウシスの秘儀で使用された飲料キュケオンにも麦角成分が含まれていたのではないかと考えられています。さらに、現代においてもライ麦の麦角菌汚染の事件は散見され、日本では稲に寄生する麦角菌は報告されていないものの、1943年の食糧難時に発生した流産事件が麦角中毒の影響を示唆しています。

このように、麦角菌は人類の歴史において多様な影響を及ぼしてきた興味深い生物です。

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