転輪聖王

転輪聖王とは

転輪聖王（てんりんじょうおう）は、古代インドの思想における理想の王を指す言葉です。サンスクリット語では「チャクラヴァルティン」と呼ばれ、「輪を動かす者」という意味を持ちます。この王は、武力ではなく法（ダルマ）によって世界を統治し、平和と繁栄をもたらすとされます。

輪宝の象徴

転輪聖王は、輪宝（りんぽう）と呼ばれる特別な輪を転がすとされます。この輪宝の起源には諸説あり、インドラ神の戦車の車輪、太陽、武器のチャクラム、あるいはマンダラを表すとも言われています。輪宝は、転輪聖王の無限の支配権の象徴であり、王権のシンボルとしてヴェーダ時代から存在していました。

転輪聖王の概念

仏典によると、世界は繁栄と衰退を繰り返します。繁栄の時代には人々の寿命は長く、徳が高まりますが、衰退期には寿命が短くなり、暗黒の時代を迎えます。転輪聖王は、繁栄の時代に、前世の善行の結果として現れます。彼は仏陀と同じ32の瑞相を持ち、武力を用いることなく、法によって世界を統治します。

転輪聖王の種類

転輪聖王には、金輪王、銀輪王、銅輪王、鉄輪王の4種類があります。鉄輪王は一つの大陸を支配し、銅輪王は二つ、銀輪王は三つの大陸を支配します。そして、最高の金輪王は、四つの大陸すべてを支配するとされます。

法による統治

転輪聖王は、法を尊重し、法を第一とする統治を行います。クシャトリヤ（武士階級）、家臣、軍隊、バラモン、市民、庶民、そして動物に至るまで、法に基づいた保護と庇護を与えるとされています。

転輪聖王の最期

転輪聖王は、寿命が尽きる前に、宮殿の上の輪宝が離れ去るのを見て、王子に王位を譲り出家します。出家後7日目に輪宝は消え、新王がその理由を問うと、輪宝は王自身の功徳によって現れるものだと告げられます。新王が法による統治を始めると、再び輪宝が現れるとされています。

転輪聖王が王位のまま亡くなった場合は、その遺体は仏陀と同じように丁重に扱われ、遺骨は大塔に納められます。その後、再び世界は暗黒時代へと移行します。

転輪聖王の七宝と四神徳

転輪聖王は、以下の七つの宝と四つの神徳を持つとされます。

七宝

輪宝（チャッカラタナ）: 四方に転がり、王に大地を平定させる。
象宝（ハッティラタナ）: 空を飛ぶ純白の象。
馬宝（アッサラタナ）: 空を飛ぶ純白の馬。
珠宝（マニラタナ）: 光を放つ宝石。
女宝（イッティラタナ）: 美しい王妃。
居士宝（ガハパティラタナ）: 国を支える財力のある市民。
将軍宝（パリナーヤカラタナ）: 賢明な将軍。

四神徳

美貌
長寿
少病少悩
バラモンや市民からの敬愛と慈愛

歴史的影響

転輪聖王の概念は、インドの政治に大きな影響を与えました。

アショーカ王

マウリヤ朝のアショーカ王は、ダルマによる統治を理想としましたが、彼の政治と転輪聖王の概念が直接結びついているかどうかは、明確ではありません。巨大帝国の成立を背景に、転輪聖王の概念が成立したという説もあれば、転輪聖王の概念に影響を受けてアショーカ王が政治を行ったという説もあります。

カーラヴェーラ王

チェーティ朝のカーラヴェーラ王は、自らを転輪聖王と称しましたが、彼が用いた「チャクラ」という言葉は、理想の王よりも、王権の象徴としての意味合いが強かったと考えられています。

東南アジア

東南アジアでは、王の正式名称の一部に使われたり、「チャクラパット」のように、現地の言葉で直接名前に用いられたりしました。

チベット

チベット[[仏教]]圏では、元のクビライ、北元のアルタン・ハーン、清の歴代皇帝たちが転輪聖王になぞらえられました。

関連項目

ダルマラージャ
文殊[[皇帝]]
百億の昼と千億の夜

参考文献

『中村元選集「決定版」 第6巻 インド史II』春秋社、1997年
『古代インドの王権と宗教』刀水書房、1994年

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