辺獄

辺獄（リンボ）とは

辺獄（へんごく、リンボ、ラテン語: limbus、英: Limbo）は、カトリック教会において、洗礼を受けずに亡くなった人が死後に行く場所として伝統的に考えられてきた場所です。これは、原罪を抱えたまま、しかし地獄に定められるほどではないとされた人々が行き着くと考えられています。中世の神学者たちが死後の世界を考察する中で生まれ、地獄や煉獄と混同されることもありますが、これらとは異なる概念です。

辺獄の概念

"Limbus" はラテン語で「周辺・端」を意味し、地獄の「周辺部」を表します。辺獄には、大きく分けて「父祖の辺獄」と「幼児の辺獄」の二つの概念が存在します。

父祖の辺獄

父祖の辺獄（ラテン語: Limbus patrum、英: Limbo of the Fathers）は、イエス・[[キリスト]]の死と復活以前、旧約[[聖書]]の時代に、原罪を抱えたまま神との交わりの中で亡くなった人々が行くと考えられていた場所です。彼らは地獄には行かないものの、キリストによる救済まで天国へは行けないとされていました。

この概念は、聖書には直接的な記述はありませんが、ルカ福音書に登場する「アブラハムの懐」が、父祖の辺獄の一時的な状態を示すものとして解釈されることがあります。カトリック教会では、この状態は最後の審判で解消されるとされ、正教会では、冥府の征服によって解消されるとされています。

イエスが十字架上で共に処刑された盗賊に「今日、わたしとともに楽園にいる」と告げた場面も、辺獄の概念を理解する上で重要です。この言葉は、イエスが死後、辺獄にいた人々に天国への道を開いたと解釈できます。中世の劇では、イエスが冥府を征服し、正しい魂を天国へ導く様子が描かれました。

幼児の辺獄

幼児の辺獄（ラテン語: Limbus infantium または Limbus puerorum、英: The Limbo of Infants）は、洗礼を受けずに亡くなった幼児が行くと考えられた場所です。カトリック教会では、洗礼が救いに不可欠とされているため、洗礼を受けずに亡くなった幼児の運命が議論の的となってきました。

アウグスティヌスをはじめとする神学者たちは、洗礼の必要性を強調する中で、洗礼を受けていない幼児がどうなるのかを考察しました。その結果、幼児の辺獄という概念が生まれ、幼児が至福直観を剥奪されるものの、積極的な罰を受けるわけではないという考えが一般的になりました。

トマス・アクィナスは、幼児の辺獄を自然の楽しみの国とし、喪失感に苛まれることもないとしました。しかし、フィレンツェ公会議では幼児にも洗礼が不可欠とされ、未洗礼の幼児は地獄に落ちるともされました。

現代の解釈

現代のカトリック教会のカテキズムでは、洗礼が救いに不可欠であることは強調されつつも、神の無限の慈悲により、洗礼を受けずに亡くなった幼児にも救いの道がある可能性が示唆されています。2007年には、国際神学協会が「未洗礼のまま死亡した幼児の救済の可能性」という文書を発表し、「辺獄の説は神学上の仮説として残っている」と結論付けました。

他の教派・宗教における解釈

正教会やプロテスタントなど、他のキリスト教教派では、カトリックの辺獄のような概念は存在しません。エホバの証人では、死後の意識は認められていません。ゾロアスター教には、善悪どちらでもない人が審判の日を待つ「ハミスタガン」という概念があり、辺獄に類似しています。

文学における辺獄

ダンテの「神曲」では、辺獄は地獄の第1層として描かれ、徳高い異教徒が住む場所とされています。シェイマス・ヒーニーの代表作「辺獄」は、キリスト教の教説への引喩に富んだ詩です。

まとめ

辺獄は、カトリック教会における死後の世界に関する複雑な概念であり、神学的な議論の対象となってきました。聖書に直接的な記述がないため、神学上の仮説として扱われていますが、多くの文学作品にも影響を与え、人々の想像力を刺激してきました。現代では、未洗礼の幼児の救済の可能性も示唆されており、神の慈悲に対する理解が深まっています。

もう一度検索