近江泥棒伊勢乞食

近江泥棒伊勢乞食

「近江泥棒伊勢乞食（おうみどろぼういせこじき）」とは、日本の地域住民や出身者の特徴を捉えた言葉です。この言葉は、近江国（現在の滋賀県）の住民は生活に困窮すると盗みを働き、伊勢国（現在の三重県）の住民は物乞いをして生活するといった、それぞれの地域性を表しています。

背景にある地域性と商人の気質

伊勢は温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、人々は人情に厚いとされてきました。そのため、伊勢では施しをする人と施しを受ける人が共存できるという地域性が育まれました。一方、近江の住民は積極的でたくましく、時に手段を選ばない一面もあったとされます。

この言葉は、近江商人と伊勢商人の商売に対する姿勢の違いを揶揄する意味合いも含まれています。近江商人は、時に強引な手法で利益を追求したため、「泥棒」と表現されました。彼らは金を惜しまず新しいものを取り入れ、時には相手を買い叩くこともありました。売る側は、まるで盗まれたように感じたと言います。

一方、伊勢商人は徹底した倹約家であり、「乞食」と見られるほどでした。彼らは無駄な出費を極端に嫌い、例えば初鰹のような高価なものを避けるなど、質素な生活を送りました。伊勢商人の倹約ぶりは、宵越しの銭を持たない江戸っ子には理解しがたいものでした。

伊勢商人の代表的な人物である本居宣長も、その倹約ぶりで知られています。彼は桜の苗木を買う際、まず半金を支払い、苗木が根付いてから残りの半金を支払うという徹底ぶりでした。

江戸っ子の負け惜しみ？

「近江泥棒伊勢乞食」という言葉は、近江と伊勢出身者から多くの成功した商人が輩出されたことに対する、江戸っ子の負け惜しみとも解釈できます。近江商人は優れた商才を持ち、伊勢商人は徹底した倹約に努めました。それに対し、江戸っ子は「宵越しの金は持たない」という気質で、蓄財に無頓着でした。そのため、近江と伊勢出身の成功者たちを揶揄する意味合いで、この言葉が使われたと考えられます。

歴史的な背景

この言葉は、1818年から1845年頃に小山田与清によって著された『松屋筆記』に登場します。また、1857年の歌舞伎『敵討噂古市』にも、伊勢商人を揶揄する言葉として使われています。

伊勢乞食の本来の意味

「伊勢乞食」という言葉には、別の意味合いも存在しました。それは、伊勢神宮への参拝客を相手に物乞いをする人々を指す言葉でした。1771年の雑俳『江戸高点付句集』には、そのような意味での「伊勢乞食」が登場します。

中世の記録にも登場

『今堀日吉神社文書』には、応永期の商業に関する記述があり、「近江泥棒伊勢乞食」という言葉が登場します。当時の消費地であった伊勢の村々では、近江商人たちが組織的に商売を行っていたため、警戒されていたことが記されています。近江商人は集団で伊勢に乗り込み、現代の総合商社のような活動を展開していました。1468年には、横川景三が近江から伊勢へ向かう大規模な商業集団を目撃しており、その規模は労働者100人、兵士60～70人、そして数えきれないほどの駄馬であったと伝えられています。

この言葉は、単なる地域性や商人の気質を表すだけでなく、歴史的な背景や経済状況も反映した、奥深い意味を持つ言葉と言えるでしょう。

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