近田春夫&BEEF

日本の音楽シーンにおいて、短期間ながらもその後の重要な流れを生み出したバンド、それが「近田春夫&BEEF（ちかだはるおとビーフ）」です。音楽家である近田春夫を中心に1979年に結成され、わずか1年足らずの活動期間を経て、1980年に「発展的解消」という形で幕を閉じました。このバンドは、後に人気を博すテクノポップバンド、ジューシィ・フルーツの前身としても歴史に名を刻んでいます。

結成の背景とメンバー

1979年初頭、ガールズが解散しヴォーカルのイリア（奥野敦子）が新たな活動の場を模索する中、一方では近田春夫&ハルヲフォンでの活動を終えた高木英一も次なるステップを考えていました。時を同じくして、近田春夫自身もソロアーティストとしての活動を本格化させていました。彼は同年5月には、イエロー・マジック・オーケストラが編曲と演奏に参加したソロアルバム『天然の美』をリリースするなど意欲的な制作を行っていましたが、ライブなどの活動を展開するためにはバックバンドの存在が必要でした。

そこで近田は、かつて自らがプロデュースしたガールズのイリアに声をかけ、彼女を中心にメンバーが集められることになります。参加したのは、イリア（奥野敦子）、高木英一に加え、当時アマチュアバンド「東京スタイルズ」で活動していた沖山優司（ベース）と高木利夫（ドラム）、様々なバックバンドでギタリストを務めていた柴矢俊彦、元四人囃子の茂木由多加、そして「野毛スマイル」の野毛ゆきお（後のNOGERA）といった、後に日本のロック・ポップスシーンで重要な役割を果たすことになる個性豊かな顔ぶれでした。こうして1979年、近田春夫をリーダーとするバンド、「近田春夫&BEEF」が誕生します。

バンド名の「BEEF」は、ブライアン・デ・パルマ監督の映画『ファントム・オブ・パラダイス』（1974年公開）に登場する、ゲリット・グラハムが演じるゲイのロックスター「ビーフ」に由来しています。

短くも濃密な活動期間

バンドは結成後すぐに精力的なライブ活動を展開します。1979年8月には東京・渋谷のライブハウス「ワルツ」で初めてのステージを踏みました。同年9月には、銀座の博品館でピーターとのジョイントライブ『TOKYOスキャンダル』に出演し、ここではピーターのバック演奏も担当するなど、その演奏力は高く評価されました。

同年9月21日には、近田春夫のソロ名義でシングル『ああ、レディハリケーン』（B面『世界で一番いけない男』）がリリースされます。作詞は楳図かずお、作曲は近田春夫自身が手掛けたこの楽曲は、テレビ出演などの際には「近田春夫&BEEF」というバンド名義で披露されました。秋には神戸女学院大学や龍谷大学、戸板女子短期大学などの学園祭に出演し、多くの聴衆を魅了。年末の12月31日には、浅草国際劇場で開催された「第7回浅草ニューイヤー・ロック・フェスティバル」にも参加するなど、短期間に濃密な活動を行いました。

発展的解消とジューシィ・フルーツの誕生

年が明けた1980年もライブ活動は続き、4月29日には日比谷野外音楽堂でのイベントに出演しました。しかし、この頃に近田春夫が所属レコード会社をキングレコードから日本コロムビアへ移籍するという大きな動きがありました。当時のレコード業界の慣習として、移籍後半年間は新たなレコードリリースができないという事情があり、近田はバンドとしての活動を一時休止せざるを得ない状況に直面します。そこで彼は、近田春夫&BEEFを「発展的解消」という形で一旦区切りをつけることを選択しました。

バンド消滅後、奥野敦子（イリア）、柴矢俊彦、沖山優司、高木利夫という近田春夫&BEEFの中心メンバー4人は、新たに「ジューシィ・フルーツ」を結成します。そして、近田春夫&BEEFが発展的解消を迎えた直後の1980年 6月1日、ジューシィ・フルーツはシングル『ジェニーはご機嫌ななめ』で日本コロムビアからデビューを果たし、一躍人気バンドとなります。一方、近田春夫自身も同年10月25日には、ソロアルバム『星くず兄弟の伝説』を日本コロムビアからリリースし、新たな音楽活動を本格化させていきました。

音源について

近田春夫&BEEF名義でのスタジオ録音音源は極めて少ないですが、近田春夫のソロアルバム『天然の美』の音源に一部が残されています。1992年 11月21日にキングレコードからCDとして再発売された同アルバムには、ボーナストラックとして近田春夫&BEEFによるライブ音源など2曲が収録されています。なお、これより以前の1989年にCD化された際にはこれらのボーナストラックは収録されていませんでした。

このように、近田春夫&BEEFは短い活動期間ではありましたが、近田春夫の新たな音楽性の探求や、後のジューシィ・フルーツという人気バンドの母体となるなど、日本のロック・ポップス史において重要な役割を果たしたバンドと言えるでしょう。

- 関連項目：ジューシィ・フルーツ、ゲリット・グレアム

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