運命を悟るハマン

レンブラント・ファン・レイン『運命を悟るハマン』：謎に包まれた晩年の傑作

17世紀オランダ黄金時代の巨匠、レンブラント・ファン・レインによる油彩画『運命を悟るハマン』（別名『ダヴィデとウリヤ』）は、1665年頃制作されたと推定され、現在サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に収蔵されています。レンブラント最晩年の作品の一つとして知られ、その深遠な表現力と謎めいた主題は、長年にわたり美術史家たちの議論の的となっています。

旧約聖書「エステル記」とハマン

絵画の主題は、旧約聖書「エステル記」に登場するペルシア王アハシュエロス（クセルクセス1世）に仕えた宰相ハマンです。エステル記では、ハマンはユダヤ人モルデカイへの侮辱から、ユダヤ人全滅を企てますが、王妃エステルの機転により計画は阻止され、自身は処刑されます。レンブラントの絵画は、この物語のクライマックス、ハマンが運命を悟った瞬間を描写していると考えられています。

作品の特徴：心理描写の深みと自由な筆致

画面中央には、7分丈の半身像として描かれたハマンの姿が大きく配置されています。血の気のない顔、胸に押し当てられた右手、うつむいた視線…　彼の内面の深い苦悩が、見る者に濃厚に伝わってきます。頭には豪華なターバンが飾られ、かつての権力と富を象徴する一方、今は重荷のように感じられます。

ハマンの両側には、それぞれターバンをかぶった人物が描かれています。彼らもまた何かを深く考えている様子がうかがえますが、ハマンほどには心理的な描写が深くなされておらず、３人の人物の関係性も明確には示されていません。

レンブラントは、晩年特有の自由奔放な筆致でハマンを描いています。細部を省略しつつ、人物の心理状態を表現することに注力した、写実性と表現力の調和が見事です。画面右下隅にはレンブラントの署名が見られます。

謎めいた主題：様々な解釈

この絵画の主題と人物像については、20世紀を通じて様々な解釈が提示されてきました。

ハマンの失墜: 最も一般的な解釈では、ハマンの破滅を描いたものとされています。
ダヴィデ王とウリヤ: 美術史家の中には、中央の人物をイスラエル王ダビデの兵士ウリヤ、左の人物を預言者ヨナタン、右の人物をダビデ王と解釈する説もあります。これはダビデ王がウリヤを殺害してその妻バテシバを娶ったという聖書の物語との関連性を示唆するものです。
アハシュエロス王とハマン、モルデカイ: 別の解釈では、アハシュエロス王がハマンにモルデカイへの栄誉を授ける場面であるという説があります。しかしこの説は聖書の記述と一致しないという反論もあります。
演劇からの着想: 17世紀オランダの演劇作品、特に「エステル」を題材にした演劇からの着想という説もあります。この説では、特定の場面を参考に描かれた可能性が指摘されていますが、いまだ決定的な証拠は見つかっていません。

制作年代と作者への疑問

絵画の制作年代もまた議論の対象となっています。一般的には1665年頃とされていますが、1640年代後半とする説もあります。さらに、レンブラント自身による作品であることに異論を唱える美術史家も存在し、弟子による作品とする説も提出されています。

不明な来歴

絵画の初期の来歴は不明瞭です。18世紀にはロンドンの個人コレクションにあり、1769年にロシア皇帝エカテリーナ2世によって購入されたことがわかっています。

結び

『運命を悟るハマン』は、レンブラントの晩年の芸術性を示す重要な作品でありながら、その主題や制作背景、作者自体にさえ、いまだ多くの謎が残されています。この謎めいた点が、かえってこの絵画をより魅力的なものとしていると言えるでしょう。様々な解釈が提示され、今後も議論が続くことは間違いありません。 その深淵な表現力と謎めいた魅力は、鑑賞する者の心に深い感銘を与え続けることでしょう。

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