エステル記

エステル記：知恵と勇気で民族を救った女性の物語

『エステル記』は、旧約[[聖書]]に収められた一書で、ユダヤ教では「諸書」に、キリスト教では歴史物語の最後に位置づけられています。この物語は、ペルシャ帝国の王妃となったユダヤ人女性エステルが、民族の危機を救うために活躍する姿を描いています。特に、ユダヤ教のプリム祭はこのエピソードを記念するものです。

物語の概要

物語の舞台は、古代ペルシャ帝国。ユダヤ人モルデカイの養女であるエステルは、その美貌からペルシャ王クセルクセスの后に選ばれます。しかし、その頃、権力者ハマンが、モルデカイへの個人的な恨みからユダヤ人全員を滅ぼそうと陰謀を企てます。

エステルは、この陰謀を知り、自らの命を顧みず、王に直訴することを決意します。彼女の知恵と勇気、そして神の導きにより、ユダヤ人は絶滅の危機を免れ、逆にハマンが処刑されるという結末を迎えます。

歴史的背景と論争点

この物語は、ペルシャの歴史資料には記述がないため、フィクションであるという説も存在します。また、『エステル記』には、「神」や「主」といった宗教的な言葉が一切使われていないため、正典としての妥当性を疑う声もかつてはありました。

エステルの名前はペルシャ語に由来し、ヘブライ語ではハダサと呼ばれています。彼女が、クセルクセス1世の后として知られるアメストリスと同一人物であるという説もありますが、出自や性格が異なるため、確証はありません。また、エステルの養父モルデカイは、ペルシャの神マルドゥクに由来するという説もあります。

物語の内容詳細

物語は、クセルクセス1世の統治下、ペルシャの首都スサで開かれた大宴会から始まります。王妃ワシュティが王の命令を拒否したことをきっかけに、新しい王妃を探すことになり、そこでエステルが選ばれます。

その後、ハマンが権力を増し、モルデカイに屈しないユダヤ人に怒りを燃やします。ハマンは、ユダヤ人を絶滅させるための陰謀を企て、その計画は着々と進められていきます。しかし、モルデカイはエステルに、この危機を知らせ、エステルは、命を懸けて王に訴えることを決意します。彼女は、スサのユダヤ人に断食を呼びかけ、自らも断食をしてから王の元へ向かいます。

エステルは、王との謁見で、ハマンの陰謀を暴き、彼を処刑に追い込みます。そして、ユダヤ人を救うための新たな勅書を公布させ、ユダヤ人はハマンの陰謀から逃れることができました。

この出来事を記念し、ユダヤ人はプリム祭を祝うようになりました。

ギリシア語版エステル記

『七十人訳[[聖書]]』に収録されているギリシア語版エステル記は、ヘブライ語版に比べて、物語に多くの追加や変更が加えられています。

例えば、冒頭と最後にモルデカイの夢とその解釈が追加されており、王の勅書の全文が記されています。また、モルデカイとエステルの祈りの言葉が挿入され、エステルが王に謁見する際の描写もより詳細になっています。さらに、物語全体を通して、神の介入が強調されている点も特徴的です。

歴史的背景

『エステル記』の時代背景には、バビロン捕囚という出来事があります。紀元前586年にエルサレムがバビロニアに滅ぼされ、多くのユダヤ人が強制移住させられました。その後、ペルシャのキュロス2世によってユダヤ人の帰還が許されましたが、多くのユダヤ人はペルシャに留まり、ディアスポラ（離散）が始まりました。

ペルシャ帝国の歴代の王には、キュロス2世、カンビュセス2世、ダレイオス1世、クセルクセス1世などがいます。彼らは、各地を征服し、広大な帝国を築きましたが、他民族に対しては比較的寛容な政策をとっていました。

歴史的信憑性

『エステル記』の歴史的信憑性については、様々な立場があります。物語を全くのフィクションとする説もあれば、歴史的事実を基にした物語と解釈する説もあります。また、物語は、ユダヤ人の解放やプリム祭の起源譚といった特定の目的のために書かれたと考える立場もあります。

物語の中には、当時のペルシャの状況を反映している部分がある一方で、歴史的資料との整合性がとれない部分も存在します。例えば、モルデカイによるユダヤ人の敵の殺害を許す命令は、史実ではないと考える学者が多いようです。

成立時期と著者

『エステル記』の著者は不明ですが、物語の内容から、紀元前4世紀頃にペルシャに住んでいたユダヤ人によって執筆されたという説が有力です。しかし、物語の描写がヘレニズム時代を反映しているという見解もあり、成立時期については様々な議論があります。

類型学的考察

『エステル記』の主題である「美しい女性が知恵と勇気で民を救う」という構造は、『ユディト記』といった他の物語にも共通するテーマです。また、『千夜一夜物語』の物語構造にも共通点が見られます。さらに、登場人物の名前がペルシア神話の神々に由来するという説もあり、作者が当時の文化的な背景を巧みに物語に織り込んでいることがうかがえます。

モルデカイとエステル

後世のユダヤ教の解釈では、モルデカイとエステルは夫婦とされています。イランのハマダンには、彼らの墓とされる場所があり、重要なユダヤ人コミュニティの拠点となっています。

現在では、モルデカイはユダヤ人男性の、エステルはキリスト教徒女性の一般的な名前になっています。

キリスト教的解釈

キリスト教的な解釈では、『エステル記』は、神の「摂理の御手」が働いていることを示す物語とされています。物語の中には、偶然のように見える出来事が、実は神の計画の一部であり、エステルが王妃になったこと、モルデカイが王の暗殺計画を知らせたこと、王が眠れなかったことなどが、すべて神の導きによるものと解釈されます。

また、エステルが死を覚悟して王に謁見する姿は、キリスト者が神の召命に応える時の覚悟を示す象徴としても解釈されています。

まとめ

『エステル記』は、単なる歴史物語ではなく、知恵と勇気をもって困難に立ち向かうことの大切さを教えてくれる物語です。この物語は、プリム祭を通して、現在でも多くのユダヤ人に読み継がれています。1000文字以上1400文字程度。

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