避病院

避病院（ひびょういん）とは

避病院とは、明治時代に日本各地に設置された伝染病専門の病院です。特にコレラの流行をきっかけに、患者の隔離を目的として設立されました。昭和期には「隔離病舎」として小学校の教科書にも登場し、伝染病予防法、感染症予防法の制定を経て、現代の感染症指定医療機関へとその役割は引き継がれています。

発足の経緯

1876年（明治9年）、清のアモイから寄港したアメリカ海軍の船内からコレラが広まり、日本国内で爆発的な流行が発生しました。江戸時代末期からコレラの流行を経験していた明治政府は、その危険性を認識しており、迅速な対策が求められました。そのため、内務省は「虎列刺病（コレラ）予防心得」を、警視庁は「避病院仮規則」を定め、コレラの感染拡大を阻止するための体制を整えました。1878年（明治11年）頃から全国各地に避病院の設置が進められ、患者の収容と隔離が行われました。また、江戸時代には、天然痘が発生した場合、熊本県では天草の下馬刀島に患者を隔離し、死後墓を建てるなど、感染症に対する隔離の意識が古くから存在していました。

避病院と収容患者の状況

当時の避病院は、病院という名称ではあるものの、コレラに対する有効な治療法は確立されておらず、医療従事者も不足していました。そのため、実質的には感染者を隔離するための施設という状況でした。また、患者の間では「コレラは祟り」という考えが根強く、加持祈祷で回復を試みた後に症状を悪化させ、末期状態になってから搬送されるケースが多く、「生きて帰れない場所」という認識が広まっていました。政府は官憲による強制収容を可能とし、患者の加持祈祷を規制することで、感染拡大を食い止めようとしました。

避病院の設置場所

避病院は、その性質上、郊外に設置されることが多かったのですが、収容患者の死亡率が高かったため、火葬場の近隣に設置されるケースも多く見られました。戦前の地形図では、一般病院と避病院（伝染病院）は異なる地図記号で表記されており、その位置関係を追跡することが可能です。また、避病院は地域住民から歓迎されない施設であったため、伝染病の流行が収まると速やかに破却されることが前提とされていました。

避病院の記録

青森県車力村

野崎久一は、終戦直後に自身が入院した青森県車力村の赤痢集団発生時の避病院を「避病院覚書」として記録しています。その記録には、13枚のスケッチ、小屋、病者の生活、火葬の記述などが含まれており、当時の貴重な資料となっています。重症者の家族が粗末な小屋でリンゴを擦って食べさせていたり、医師が2日に1回しか訪れなかったり、火葬が300メートル離れた場所で行われていたことなどが記載されています。

富山県魚津町

富山県魚津町（現在の魚津市）では、1886年（明治19年）に初めて避病院が建設されました。その後、2回の移転を経て、1909年（明治42年）に建坪150坪の新病舎が建設されました。新病舎の間取り図によれば、玄関脇に炊事場があり、玄関から伸びる廊下の両側に各5室、合計10室の病室がありました。突き当りには便所が設置されていましたが、診察室や処置室、医師や看護師の詰め所は見られませんでした。これらの記録から、当時の避病院が医療施設というより隔離施設としての役割が強かったことが伺えます。

発展的解消

明治時代中期に入ると、1883年（明治16年）にロベルト・コッホがコレラ菌を発見し、予防や治療への道筋が徐々に見えてきました。また、近代的な教育システムの整備により、医師や看護婦の数も増加しました。これにより、避病院は徐々に医療機関としての機能を持ち始め、赤痢や腸チフスなどの他の伝染病も扱うようになりました。東京府では、本所・駒込・大久保の3病院が1886年11月に東京府○○病院として常設化されましたが、これは避病院（ひびょういん）が東京弁で死病院（しびょういん）と聞こえて紛らわしかったことも一因とされています。熊本県では、1879年（明治12年）に二本木避病院が設立され、1896年（明治29年）に熊本市立避病院が設立。その後1914年（大正3年）に熊本市立白川病院と改称されました。1897年（明治30年）に伝染病予防法が制定されると、避病院は法的に伝染病院として位置づけられ、法律の保護も受けられるようになりました。しかし、避病院という名称はその後も俗称として長く使われました。伝染病院は、スペイン風邪などの流行時にも重要な役割を果たし、徐々に総合病院化していきました。第二次世界大戦後、公衆衛生が向上すると伝染病患者は激減し、1960年代までには多くの伝染病院が隔離病棟を廃止し、一般病棟を拡充して総合病院へと発展的に解消しました。

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