郡崩れ

郡崩れとは

郡崩れ（こおりくずれ）は、江戸時代初期の明暦3年（1657年）に、肥前国大村藩（現在の長崎県大村市周辺）で発生した、大規模な隠れキリシタンの摘発事件です。大村藩領内の郡村（現在の松原、竹松、福重など）を中心とした地域で、多数のキリシタンが検挙されたことから、「大村郡崩れ」とも呼ばれています。この事件は、大村藩におけるキリスト教弾圧の歴史を語る上で、重要な出来事の一つです。

大村におけるキリスト教の歴史

大村の地では、1563年に領主の大村純忠が重臣とともにキリスト教の洗礼を受けたことをきっかけに、キリスト教が急速に広まりました。領内には多くの教会が建設され、キリスト教は地域社会に深く根付いていきました。

しかし、豊臣秀吉によるバテレン追放令や、江戸幕府による禁教令の発布以降、大村藩ではキリスト教徒に対する厳しい弾圧が繰り返されるようになります。多くのキリシタンが処刑され、信仰を続けることは命がけの行為となりました。

郡崩れの始まり

郡崩れの発端は、長崎に住む指物屋の池尻理左衛門が、町乙名を通じて長崎奉行所に密告したことから始まりました。理左衛門は、マリアの聖画像を拝ませて世直しを説く老女がいるという情報を得ていました。

その情報に基づき、1657年10月11日夜、郡村の農民である兵作が捕縛されます。兵作は、姉婿の理左衛門に、「郡村の矢次に、天草四郎に匹敵する神童が現れ、老婆とともに岩穴でキリストの絵像を祀り、不思議な術を説いている」と話していたとされます。この噂を聞きつけた多くの人々が密かに集まって信仰していたことから、当時の長崎奉行・黒川正直は大村藩に通告し、大掛かりな取り調べが開始されることになりました。

大量検挙と処罰

取り調べの結果、郡村だけでなく、萱瀬村、江串村、千綿村、松原、彼杵など、広範囲にわたってキリシタンが摘発されました。1657年11月15日には、90名のキリシタンが摘発されたことが幕府に報告されました。報奨金目当ての訴人が現れたこともあり、翌1658年7月10日までに逮捕者は603人に達しました。

さらに、同年9月18日には、キリシタンであった大村純頼の妹・賢孝院の召使い5人が捕らえられ、長崎で斬首されました。これにより、逮捕者は総計608人に上りました。逮捕された人々の多くは農民で、中には1歳、2歳の幼児も含まれていました。

大村藩の調べによると、彼らがキリシタンになった動機は、終末観念や来世の救いを願うだけでなく、病気治癒のような現世利益を期待していた部分もあったとされています。

しかし、キリシタンを全て処罰すると領民がいなくなってしまうため、この事件が大村藩の存亡に関わると考えた黒川の配慮によって、検挙は打ち切られました。その代わりに、領内の仏教化を進めることでキリシタンの撲滅を図ることになりました。

検挙されたキリシタンのうち、78人は取り調べ中に牢死しました。残りの人々は、斬首刑411人、保釈99人、永牢20人と処分が決まりました。1658年7月27日には、大村の放虎原刑場で131人が斬首されました。斬首された者の首は獄門に晒された後、胴体と首が別々の場所に埋葬されました。これは、キリシタンが妖術によって生き返ることを恐れたためと言われています。

大村以外の場所では、長崎で123人、佐賀で37人、平戸で64人、島原で56人が処刑されました。長崎と佐賀では、一部が吊し殺しにされました。

事件後の大村藩の対応

郡崩れ後、大村藩では家臣や領民の子孫が不孝不忠の罪に問われないよう、日頃の行動まで監視するようになりました。藩内では厳重な宗教統制が徹底され、キリシタンの発生を未然に防ぐための様々な対策が講じられました。

具体的には、在地家臣団からキリスト教を信仰しないことを誓う起請文を提出させ、27ヶ条からなる村々制法を制定し、キリシタン遺物や墓碑を破壊しました。さらに、中止されていた絵踏を再開し、五人組連座による厳しい取り締まりを実施しました。殉教者の子孫は類族改制度によって生涯監視されることとなりました。

これらの徹底的な取り締まりにより、外海、平島、浦上4ヵ村を除いて、大村から潜伏キリシタンは姿を消したと言われています。

寛政9年（1797年）には、福江藩主の五島盛運の要望により、大村藩主の大村純尹は外海地方の農民を移住させました。この時、多くの隠れキリシタンが五島列島へと移住しました。これは、大村でのキリシタンへの取り締まりがあまりにも厳しく、また人口増加を抑えるために行われていた間引き制度を嫌ったためだと考えられています。しかし、五島に移住したキリシタンたちの子孫は、後に五島崩れと呼ばれる弾圧を受けることになります。

史跡

郡崩れに関連する史跡として、以下の場所が挙げられます。

大村潜伏キリスト教徒殉教顕彰碑 / 日本二百五福者殉教顕彰碑：放虎原斬罪所跡に建立された碑。
獄門所跡 / 晒し首の場所：斬首されたキリシタンの首が晒された場所。平和の聖母マリア像が建てられています。
首塚跡：斬首された者の首が埋葬された場所。祈りの像と殉教顕彰碑があります。
胴塚跡：斬首された者の胴体が埋葬された場所。首塚跡と同様の碑が建てられています。
妻子別れの石：処刑される者と親族が別れを告げた場所。
仏の谷 / 耶蘇（ヤソ）谷：キリシタンが密かに集まり信仰していたとされる岩穴。
* 今村刑場跡：郡崩れで検挙されたキリシタンの一部が処刑された場所。

郡崩れは、日本のキリスト教史における悲劇的な事件の一つです。この事件は、当時の社会状況や宗教観、権力構造を理解するための重要な手がかりとなります。

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