五島崩れ

五島崩れ：隠れキリシタン弾圧事件

五島崩れとは、明治時代に長崎県の五島列島で起きた隠れキリシタン（潜伏キリシタン）の摘発事件です。この事件は、江戸時代から続くキリスト教禁教政策の下、五島列島で信仰を守り続けてきた人々に過酷な試練をもたらしました。

五島におけるキリスト教の歴史

五島列島にキリスト教が伝わったのは16世紀のことです。1562年、日本人医師ディエゴが五島の領主・宇久純定を治療したことをきっかけに、1566年にはルイス・デ・アルメイダと日本人修道士ロレンソが来島し、多くの島民が洗礼を受けました。1576年には、福江、奥浦、六方に教会が建てられ、信者数は2000人ほどに増加しました。

しかし、1579年に領主となった五島純玄はキリシタンを弾圧。その後、五島玄雅がキリシタンを再興するも、徳川家康による禁教令に従い棄教し、弾圧はさらに強まりました。1790年代初頭には、五島におけるキリシタンはほぼ壊滅状態となりました。

大村藩からの移住と潜伏キリシタンの誕生

1797年、五島藩は人口減少を理由に、大村藩に領民の移住を依頼しました。これに応じて、大村藩外海地方のキリシタン農民108人が五島に移住。彼らは福江島六方をはじめ、平蔵、黒蔵、楠原などに定住し、その後も3000人以上の人々が五島列島の島々に移り住みました。

移住したキリシタンたちは、五島でのキリシタン取り締まりが大村ほど厳しくなかったことや、藩の産児制限政策を嫌ったことが要因で、五島に移住しました。しかし、五島には先住の島民がおり、移住者たちは山間部や辺鄙な入り江、離れ小島などの貧しい土地に住むしかありませんでした。彼らは「居付（いつき）農民」「入百姓」と呼ばれ、隠れキリシタンとして信仰を続けました。

信仰の復活と摘発

1865年、大浦天主堂で浦上の潜伏キリシタンが信仰を告白したことを機に、長崎の潜伏キリシタンたちが信仰を明らかにしていきました。五島でも、若松村桐の浦のガスパル与作が大浦天主堂を訪れ、1000人以上のキリシタンがいることを報告。1867年、伝道士として五島に戻った与作がキリスト教司祭の渡来を知らせたことで、五島のキリシタンの復活が進められました。

しかし、明治政府は江戸幕府と同様にキリスト教を禁止。五榜の掲示により切支丹宗門禁制を布告し、浦上のキリシタン摘発（浦上四番崩れ）を開始。五島列島でも、1868年から下五島、上五島の各地で禁教の信者に対する摘発が行われました。

弾圧の実態：久賀島での悲劇

1868年9月29日、久賀島では約200人のキリシタンが松ヶ浦の大開の牢屋に収監され、石抱きや水責めなどの拷問を受けました。牢はわずか6坪ほどの狭さで、多くの者が満足に身動きも取れないまま衰弱していきました。死亡者は42名に上り、過酷な環境で多くの人々が命を落としました。牢内では、子供が渇き死にするなど、悲惨な光景が繰り広げられました。殉教者の様子は、牢屋の窄殉教記念教会にある碑に記録されています。

また、牢屋の窄では、役人による拷問や仏僧による経の読誦が行われ、信徒たちは精神的にも肉体的にも追い詰められました。ある晩には、捕えられなかった信徒が伝馬船でメダイを牢屋に投げ入れ、キリシタンたちは互いを励まし合ったと言われています。

ペトロ中村友吉は、母が牢内で他の信徒に踏みつぶされて亡くなり、自ら手で遺体を埋葬しました。この出来事は、当時の悲惨な状況を物語る一例です。

その他の地域での摘発と私刑

岐宿、楠原、岳、鯛の浦、奥浦など、五島列島の各地で信徒が仮牢に入れられました。富江の山の田では信者が山中に追われ、家財道具を没収されました。宿の浦では、若松牢で拷問が行われました。五島の郷民による私刑も横行し、曾根では柱に縛り付けられて殴られる、家に火をつけられるなどの行為を受けました。

弾圧の終結とその後

外国領事たちの抗議や、イギリス公使ハリー・パークスの実情調査により、拷問は中止され、主立った者を除き、8ヶ月後には多くが釈放されました。1873年には、キリスト教禁教を定めた五榜の掲示が撤去され、キリシタンの摘発は終わりを迎えました。

しかし、江袋では高札撤去後も郷民による拷問や略奪が行われました。五島列島では、その後も潜伏時代の信仰形態を維持し続けたカクレキリシタンの集落が存在しましたが、後継者難により多くが解散しました。

史跡：五島崩れの記憶を伝える場所

牢屋の窄殉教記念聖堂： 殉教事件のあった場所に建てられた聖堂。中央部は牢屋があった場所を意味する。塔には、入牢したキリシタンたちの霊名が刻まれています。
慰霊碑： 牢屋の窄で殉教した犠牲者の名が刻まれた慰霊碑です。
久賀島の細石流集落のキリシタン墓地： 殉教者の墓碑があります。
キリシタン洞窟： 若松島で逃げた人々が隠れていた洞窟。
頭ヶ島天主堂： 上五島地区の指導者の屋敷跡に建てられた聖堂です。
半分塚峠： 牢屋に入れられた信徒に餅を渡そうとして捕えられた場所。

五島崩れは、信仰を守り抜いた人々の苦難を伝えるだけでなく、その後のキリスト教解禁へと繋がる重要な出来事として、歴史に刻まれています。

もう一度検索