野中婉

野中婉（のなか えん）は、寛文元年（1661年）に生まれ、享保10年12月30日（1726年1月31日）に没した、江戸時代中期の土佐藩の女医です。父は土佐藩家老の野中兼山、母は側室の池氏です。

父・兼山が失脚したことにより、婉は4歳から40代初めまでという長い期間、幽閉生活を余儀なくされました。寛文4年（1664年）、父の死の翌年に、野中家一族は罪をきせられ、幡多郡宿毛に幽閉されることになります。この幽閉は、野中家の男系が絶えるまでの約40年間も続きました。

幼少期から過酷な環境に置かれた婉でしたが、父・兼山の海南学派再興に尽力していた谷秦山の支援を受け、文通を通じて儒学、詩歌、そして医学を学びました。野中家最後の男子であった兼山の四男が自害したことで、元禄16年（1703年）にようやく幽閉から解放され、土佐郡朝倉に移住し、医師として開業しました。

医師としての婉は非常に優秀で、特に糸を用いて橈骨動脈を診るという独特の診断法は「おえんさんの糸脈」と称され、多くの人々から信頼を得ました。その評判は藩にも届き、後に土佐藩から8人扶持を与えられるまでになりました。生涯独身を貫き、非業の死を遂げた父母や兄弟姉妹の菩提を弔うため、お婉堂（現在の野中神社）を建立しました。

幽閉中の婉を精神的に支え続けた谷秦山に宛てた多くの手紙が残されており、その手紙は、彼女の心の葛藤や知性が窺える貴重な資料となっています。これらの手紙をもとに、作家の大原富枝が小説『婉という女』を執筆し、後にこの小説は脚本化され、さまざまな形で演じられました。1971年には、今井正監督、岩下志麻主演で同名映画が制作され、彼女の生涯は広く知られるようになりました。

野中婉は、困難な状況の中でも自らの道を切り開き、医療を通して社会に貢献した女性として、後世に語り継がれるべき人物です。彼女の不屈の精神と知性は、現代においても多くの人々に勇気と感動を与え続けています。

参考文献
『日本歴史大事典』 3巻、小学館、2001年2月1日。ISBN 978-4095230030。

関連作品
大原富枝『婉という女』新版・講談社文芸文庫、2005年

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