野口久光

野口久光は、1909年8月9日に栃木県宇都宮市で生まれ、1994年6月13日に84歳で生涯を閉じた、日本の映画、ジャズ、ミュージカル評論家、画家、そしてグラフィックデザイナーとして多方面で活躍した人物です。特に映画ポスターの分野では、生涯で1000点を超える作品を手がけたとされ、その才能は国内外で高く評価されています。

生い立ちと初期のキャリア

1922年に旭川公立北鎮小学校（現在の旭川市立北鎮小学校）を卒業後、1927年には千葉県立千葉中学校（現在の千葉県立千葉中学校・高等学校）を卒業しました。その後、1933年に東京美術学校（現在の東京芸術大学美術学部）工芸部図案科を卒業。卒業制作で描いた『制服の処女』や『ALL TALKIE NEWS』など7点が学校買い上げとなるなど、早くからその才能を発揮していました。

東和商事での活躍

1933年11月、野口は欧州映画の輸入配給会社である東和商事合資会社映画部・図案部に入社。当時、東和商事は『メトロポリス』や『アスファルト』、『嘆きの天使』などの良質な欧州映画を日本に紹介し、映画ファンから憧れの的でした。野口は美校時代から映画サークルに所属し、東和商事を頻繁に訪れていたことが縁となり、デモポスターを持ち込んだことがきっかけで入社に至りました。

東和商事では、ルネ・クレール、ジャック・フェデー、ジュリアン・デュヴィヴィエ、ジャン・ルノワールといったフランス映画の巨匠たちの作品を中心に、映画ポスターのデザインを担当しました。アメリカ映画がスター中心の宣伝を展開するのに対し、フランス映画は作品重視のデザインが求められ、東和商事はデザイナーに大きな裁量を与えていました。この環境は、野口にとって才能を開花させる絶好の機会となりました。

戦時中の活動と戦後の復帰

1942年、太平洋戦争の影響で東和商事が解散したため、野口は中華電影に転出し上海へ渡ります。上海では、映画ポスターのデザインの傍ら、ジャズを中心とした音楽評論も行い、李香蘭（山口淑子）のリサイタル『夜来香ラプソディ』の企画・構成も手掛けました。戦後、1946年に日本へ引き揚げ、東宝撮影所を経て新東宝に入社し、映画プロデューサーとして『大学の門』や『エノケンのとび助冒険旅行』など6本の映画を制作しました。

東和映画での再活躍と国際的な評価

1951年、東和映画株式会社が新たに発足すると、野口は宣伝部に入社し、『天井桟敷の人々』、『第三の男』、『禁じられた遊び』、『大人は判ってくれない』など、数々の欧州映画の名作ポスターを手がけました。特に1960年に公開された『大人は判ってくれない』のポスターは、監督のフランソワ・トリュフォーから絶賛され、「素晴しいポスターを描いてくれてありがとう！」という感謝の手紙が送られました。後にトリュフォーは、自身の映画『二十歳の恋』の中の「アントワーヌとコレット」に野口がデザインしたポスターを小道具として登場させ、その才能を高く評価しました。トリュフォーは亡くなるまで、このポスターの原画を事務所に飾っていたと伝えられています。

その他の活動と晩年

野口は、邦画では大林宣彦監督の『ふたり』、『青春デンデケデケデケ』、『はるか、ノスタルジィ』のポスター原画も手がけました。また、戦前からジャズ、軽演劇、レビュー、ミュージカルの第一人者として活躍し、多くのポピュラーレコードの解説やジャズ雑誌でのレコード批評、ミュージカル評論も残しました。日本のオリジナルミュージカルの発掘にも尽力し、ふるさときゃらばんの名誉応援団長も務めました。

1978年には永年の文化活動により紫綬褒章を受章。1983年には勲四等旭日小綬章を受章。日米ジャズ、ミュージカルの橋渡し役としての貢献から、ニューオリンズ名誉市民、ルイジアナ州クローリー名誉市民にも選ばれました。

野口久光は、1994年6月13日に84歳でその生涯を閉じましたが、彼の残した作品は今もなお多くの人々に愛され続けています。

著作と展覧会

野口は、多数の著書も残しており、『ミュージカル入門』、『男のサウンド149の戦略』、『ヨーロッパ名画座 野口久光映画ポスター集成』など、彼の幅広い知識と情熱が感じられる著作が多数あります。

また、彼の作品を展示する展覧会も数多く開催され、2009年の「生誕100年野口久光の世界」展は、日本で初めて映画ポスターデザイナーを取り上げた展覧会として話題になりました。その他、「野口久光 シネマ・グラフィックス」展など、彼の業績を振り返る展覧会が各地で開催され、その功績は今も語り継がれています。

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