野田英夫

野田英夫：夭折の画家と、時代を彩る軌跡

野田英夫（1908-1939）は、アメリカ合衆国カリフォルニア州で生まれた日系人画家である。彼の生涯は、日米を跨ぐ激動の時代と密接に絡み合い、多くの謎を残しながらも、独自の芸術的足跡を刻んだ。

カリフォルニアから熊本へ、そして再びアメリカへ

1908年、カリフォルニア州サンタクララ郡で、熊本県出身の日本人移民の両親のもとに生まれた野田英夫。幼少期をアメリカで過ごした後、3歳の頃に父の郷里である熊本へと渡り、そこで教育を受けた。熊本師範付属小学校、旧制熊本県立熊本中学校を卒業したのち、再びアメリカへと戻り、アラメダ郡のビードモント高校を卒業。その後は、カリフォルニア・ファイン・アーツに通いながら、アメリカ人家庭でスクールボーイとして働き、絵画の研鑽を積んだ。しかし、カリフォルニア・ファイン・アーツを中退した後、彼はニューヨークへと拠点を移す。

ニューヨークでの芸術活動と共産党との関わり

1931年、ニューヨークで開かれていたウッドストック芸術村のアート・ステューデンツ・リーグの夏季講座に参加。そこで、アーノルド・ブランチや国吉康雄といった著名な芸術家と出会い、彼らの指導の下で壁画やテンペラ画を研究した。同年、アメリカ人女性ルース・ケルツと結婚。ウォーカー・エバンスら若い芸術家たちと交流しながら、ニューヨークのアパートで生活を送った。

野田は、共産主義系の作家集団「ジョン・リード・クラブ」にも参加。1931年に起こったスコッツボロ事件を題材にした作品「スコッツボロの少年たち」は高く評価され、彼に美術賞や美術展への出品、壁画制作などの機会をもたらした。この時代、アメリカでは公共事業促進局の連邦美術計画により、パブリックアートの発注が盛んに行われていた。1933年には、ニューヨークでディエゴ・リベラの壁画制作の助手を務めた。リベラは、ソ連とのつながりも噂されるほどの左翼的な思想家であった。

帰国と急逝、そして残された謎

1934年、野田は日本へ帰国し、二科展に出品。その後、再びアメリカに戻り、新制作派協会会員として活動した。しかし、1938年、妻ルースと共に訪れた長野県黒姫で目の不調を訴え、翌1939年、東京帝大病院で脳腫瘍のため29歳の若さで亡くなった。彼の遺体は、宇土郡不知火村（現・宇城市不知火町）に埋葬された。

野田の死後、アメリカ共産党との関わりが注目されるようになった。ウィッテカー・チェンバーズは、著書『Witness』の中で、野田がアメリカ共産党員として、日本でのスパイ活動に関与していたと主張している。チェンバーズは、野田を日本の地下工作員として採用しようとしたと証言しており、野田のコードネームは「ネッド」であったという。しかし、この主張の真偽は明らかになっていない。また、野田の友人であった寺田竹雄は、野田が「使命を帯びてやってきた」と語っていたと証言している。

主な作品と現在

野田英夫の作品は、風景画や人物画、壁画など多岐に渡る。代表的な作品には「風景（1932年）」「風景（1936年）」「学園生活（ピードモント・ハイスクール壁画、1937年）」などがある。「学園生活」は、ビードモント高校から熊本県立美術館に売却され、その収益は野田基金として活用されている。彼の作品は、激動の時代を生きた日系人芸術家の生き様と、その才能を物語る貴重な資料である。

野田英夫の生涯は、日米両国の歴史、芸術、そしてイデオロギーが複雑に交錯した時代を象徴するものである。彼の作品と、謎に満ちた生涯は、今もなお多くの研究者や美術愛好家の関心を集め続けている。

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