金時敏

金時敏：文禄の役を駆け抜けた李氏朝鮮の将軍

金時敏（キム・シミン、1554年 - 1592年）は、李氏朝鮮時代中期に活躍した武将です。16世紀末に勃発した文禄の役の初期における功績で特に知られています。字は勉吾と称し、本貫は安東金氏。元寇の際に高麗軍を率いた金方慶の子孫にあたります。

幼少期に示した資質

金時敏は金忠甲の三男として生まれました。幼い頃から戦ごっこに熱中し、子供たちの間でリーダーシップを発揮しました。8歳の時、路上で戦ごっこをしている最中に天安郡守の一行が通りかかり、随員が進路を譲るよう求めました。これに対し時敏は「一介の郡の使いが、無断で軍の配置地を通過することは許されない」と毅然として叱ったといいます。これを見た郡守は、彼の頭を撫でて将来の将軍としての可能性を見出し、道を譲って立ち去ったと伝えられています。

9歳になると、彼が住む柏田村の近くを流れる柏田川に棲むという巨大な蛟（みずち、幼い龍）を退治したという伝説があります。この蛟は村の家畜を襲い人々を怯えさせていましたが、時敏は古い故事に倣い、「ヨモギの枝で作った矢を桑の弓で射る」という方法で、友人と協力して蛟を捕らえたと語られています。これらの逸話は、彼の幼少期から非凡な勇気と知略の片鱗が見られたことを示しています。

官途における挫折と復帰

1578年、金時敏は武科に合格し、訓錬院主簿に任じられました。しかし、彼は当時の朝鮮軍の実情に深く失望します。武器は手入れされずに錆びつき、軍規は乱れきっており、これでは有事の際に全く戦えないと危機感を抱きました。彼は国防の最高責任者である兵曹判書に対し、軍の抜本的な改革を繰り返し建議します。しかし、太平の世にあるという認識から、兵曹判書は彼の提案を斥け、時には叱責することもありました。再三にわたる建議が聞き入れられないことに憤慨した金時敏は、ついに兵曹判書の前で自らの軍帽を脱ぎ捨て足で踏みつけ、官職を辞して郷里に戻りました。

官を辞した後も、時敏は国事に心を配っていました。1583年、女真族の首長尼湯介が朝鮮北辺を侵攻する事件（尼湯介の乱）が発生すると、彼は鄭彦信の部下として従軍し、卓越した戦功を挙げました。この活躍が認められ、彼は再び官途に復帰することになります。

文禄の役と晋州大捷

1592年、日本による侵攻、文禄の役が始まると、金時敏は晋州判官の職にありました。開戦後、晋州牧使が戦死したため、彼は晋州牧使代理として、混乱する地域の収拾と防衛の指揮を執ることになります。その手腕と功績が認められ、正式に晋州牧使に昇進しました。

同年10月、金時敏の生涯で最も輝かしい戦い、第一次晋州城攻防戦が起こります。細川忠興らが率いる2万もの日本軍が、慶尚道の要衝である晋州城に猛攻を仕掛けました。城を守る朝鮮軍の兵力はわずか7500。圧倒的に不利な状況でしたが、金時敏は卓越した指揮で城兵を鼓舞し、固い守りをもって敵の攻撃を凌ぎました。彼は敗走してきた上官を城内に入れず、内外呼応した組織的な防戦を展開。6日間にわたる激しい攻防の末、日本軍を退けることに成功しました。この勝利は、文禄の役における李氏朝鮮側の数少ない大勝利の一つであり、韓国では「晋州大捷」として三大大捷に数えられ、高く評価されています。

戦場での最期と死後の栄誉

第一次晋州城攻防戦において、金時敏は日本軍の鉄砲による銃撃を受け、重傷を負いました。城は守り抜かれましたが、その傷が元で戦いの終結から間もなく、彼は39歳の若さでこの世を去りました。彼の死は、勝利の歓喜に沸く兵士たちにとって大きな悲しみとなりました。

金時敏の国家に対する忠誠心と、文禄の役初期における多大な功績は、王室によって高く評価されました。死後、彼は宣武功臣二等および最高位の官職である領議政を追贈され、その名誉は後世に伝えられました。

日本における評価

敵国であった日本においても、金時敏の勇猛果敢な戦いぶりは強い印象を残しました。第一次晋州城攻防戦での彼の活躍は、日本の兵士たちの間でも語り草となったといいます。江戸時代には、その強い印象から、晋州牧使（モクサ）が転訛したとされる「木曽判官（もくそほうがん）」という名で、歌舞伎の演目に登場する人物のモデルとなったことからも、彼の武将としての評価の高さがうかがえます。

金時敏は、太平の世に軍事改革の必要性を訴える先見の明を持ちながらも志半ばで挫折し、しかし国の危機においては先頭に立って戦い、命を捧げた悲劇的かつ英雄的な武将と言えるでしょう。彼の晋州城での奮戦は、文禄の役における戦局、特に李氏朝鮮南部の防衛において極めて重要な意味を持ちました。

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