釜山政治波動

釜山政治波動：李承晩大統領の再選と憲法改正

1952年5月から7月にかけて、朝鮮戦争下の韓国で、臨時首都釜山を舞台に激動の政治的事件、釜山政治波動が発生しました。この出来事の中心には、初代大統領である李承晩とその再選への執念がありました。任期満了が迫る中、不正疑惑や世論の反発により再選が危ぶまれた李承晩は、大統領選挙制度を間接選挙から直接選挙へと変更する憲法改正を強行しようとします。

改憲案の否決と弾圧

李承晩は、自身の支持基盤を固めるため、自由党を結成し、大統領直接選挙制を柱とする憲法改正案を国会に提出しました。しかし、野党の反対により、改憲案は否決されます。これを受け、李承晩政権は、官製団体を動員した大規模デモや、国会議員の逮捕・検挙といった弾圧を開始しました。釜山周辺には戒厳令が敷かれ、民主的な政治プロセスは完全に無視されました。

戒厳令と政治的弾圧の強化

政府による弾圧は、ますます激化していきます。国会議員は逮捕され、新聞は検閲を受け、野党勢力は徹底的に排除されていきました。野党議員の逮捕、副大統領の辞任など、政治状況は緊迫の一途を辿ります。 政府は、野党の反発を封じるため、様々な手段を用いました。国会を解散させようとする動きや、国会議員のリコール運動を煽動するなど、民主主義の原則は完全に踏みにじられました。この過程で、政府は暴力団まで動員し、野党を威圧しました。

「抜粋改憲案」の可決

こうした弾圧と強引な政治工作の結果、政府はついに「抜粋改憲案」と呼ばれる憲法改正案を国会で可決させます。この改正案は、大統領直接選挙制を導入する一方で、責任内閣制に関する野党の主張は部分的に取り入れるという妥協案でした。しかし、野党議員の多くは逮捕や拘束、脅迫により、国会への出席を強制されていました。事実上、全会一致に近い形で可決されたこの改正案は、民主主義とは程遠い方法で成立したものでした。

アメリカの反応とクーデター未遂

この釜山政治波動は、アメリカにも衝撃を与えました。アメリカ政府は、李承晩の独裁的な手法を強く批判し、憲法改正の過程を非難する声明を発表しました。さらには、李承晩政権打倒と、より穏健な政権樹立を図るクーデター計画まで存在したことが、後に明らかになっています。しかし、当時、朝鮮戦争が継続していたこともあり、クーデターは実行されませんでした。

結論

釜山政治波動は、韓国民主主義の大きな挫折として歴史に刻まれています。李承晩大統領の再選という私利私欲を優先した行為は、民主主義を破壊し、政治的弾圧を正当化する危険性を示しました。この事件は、韓国政治における民主主義の脆弱性と、権力者の暴走がもたらす危険性を改めて認識させる、重大な歴史的事件です。 その後、李承晩は予定通り大統領選挙で当選しますが、この事件が後の韓国政治に及ぼした影響は計り知れません。 この出来事は、韓国が民主主義国家として成長していく上で、決して忘れてはならない教訓と言えるでしょう。

年表

1951年:
8月15日：李承晩、大統領選挙の直接選挙制移行と両院制導入を表明。
11月19日：自由党創党。
12月17日、23日：自由党が院内派と院外派に分裂。
1952年:
1月18日：改憲案否決。
2月16日：李承晩、国会議員リコールを促す談話発表。
2月18日：大統領直接選挙制と国会議員リコールを求めるデモ。
4月19日：野党、責任内閣制改憲案提出。張勉国務総理辞任。
5月6日：張沢相国務総理任命案可決。
5月25日：釜山周辺に戒厳令布告。
5月26日：国会議員多数逮捕。
6月20日：「護憲救国宣言大会」襲撃中止。
7月4日：「抜粋改憲案」可決。
7月7日：改正憲法公布。
8月5日：李承晩大統領再選。

参考文献

尹景徹『分断後の韓国政治：一九四五〜一九八六年』木鐸社
池東旭『韓国大統領列伝　権力者たちの栄華と転落』中公新書
* 木村幹『韓国現代史　大統領たちの栄光と蹉跌』中公新書

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