鈴木正雄 (松坂屋)

鈴木正雄は、1918年（大正7年）8月29日に愛知県岡崎市で生まれ、2007年（平成19年）12月10日に89歳でその生涯を閉じた日本の実業家です。株式会社松坂屋の社長、会長といった要職を歴任し、特に同社の歴史において大きな転換点となった「お家騒動」の中心人物として知られています。

経歴と昇進

地元の岡崎市立商業学校（現在の愛知県立岡崎商業高等学校）を卒業後、1936年に松坂屋に入社しました。長年にわたり社業に精励し、特に1972年に取締役名古屋店長に就任してからは、当時の伊藤鈴三郎社長のもとで経営の重要な一翼を担い、その実力を発揮します。店舗経営の手腕を示し、社内での存在感を増した鈴木は、その後も順調に昇進を重ね、常務、専務といった役職を経て、1978年には副社長のポストに就任。伊藤鈴三郎社長の片腕として、経営の中枢を担う存在となりました。

松坂屋「お家騒動」の中心人物へ

しかし、1980年、松坂屋の創業家である伊藤家の内部に軋轢が生じます。当時の会長であった16代目・伊藤次郎左衛門氏は、実弟にあたる鈴三郎社長に対し、任期途中で職を辞するよう迫り、自身の長男である伊藤洋太郎氏を後任の社長に据えるという動きに出ました。鈴三郎氏はこの創業家内の決定に従わざるを得ませんでしたが、彼の片腕として働いてきた鈴木をはじめとする信頼を寄せる幹部社員たちは、この理不尽な動きに対して強い不満を抱いていたと言われています。

お家騒動は、1984年12月に16代目次郎左衛門氏が死去し、会長職が空席となったことで新たな局面を迎えます。翌1985年1月、鈴木は後任の会長に就任する人事案が役員会に諮られました。この人事は当時の社長であった洋太郎氏には直前まで知らされておらず、彼は強く反発し、反対を表明しましたが、役員会の賛成多数によって承認され、鈴木の会長就任が決定します。この時すでに鈴木は社内の主要な人脈を掌握していたと考えられています。

この出来事からわずか3ヶ月後の4月22日、再び臨時取締役会が招集されました。議題は、現職の洋太郎社長を会長職に退かせ、鈴木が新たに社長に就任するというものでした。この議案もまた賛成多数で可決されます。社長職からの解任を通告された洋太郎氏は、自身の社長室に立てこもり、この決議の無効を主張するなど、事態は混迷を極めました。創業家一族と、長年会社を支えてきた生え抜きの役員たちの間での激しい主導権争いは、老舗百貨店の内紛劇として世間の大きな注目を集めます。

最終的にこの騒動に決着をつけたのは、松坂屋のメインバンクであり筆頭株主でもあった東海銀行の会長、三宅重光氏でした。名古屋財界の重鎮でもあった三宅氏は、「新しい形でも座りがいい」と評し、鈴木を新社長として認め、事実上、創業家である伊藤一族に対し、経営の第一線から身を引くよう促す裁定を下したのです。鈴木自身は後に「私は組織内の工作など一切していない。皆が私を社長に推してくれた結果だ」と、一連の動きへの主導的な関与を否定しました。しかし、信頼を置く役員たちと連携し、結果として自身が会社の最高実権を握るに至った一連の経緯は、事実上の経営クーデターと見なされ、松坂屋のお家騒動として全国的なニュースとなりました。

その後の経緯と晩年

社長就任後、鈴木は経営の舵を取り続け、1991年には再び会長に就任します。1993年には相談役となり、経営の第一線からは退きます。しかし、1997年11月、松坂屋で発覚した総会屋への利益供与事件を受け、経営の最終的な責任者の一人として相談役を辞任することとなりました。

その後は公の場に出る機会は少なくなりますが、2007年12月10日、心不全により89歳で永眠しました。鈴木正雄の生涯は、一平社員から日本の主要百貨店のトップへと駆け上がり、激しい内部抗争を経て最高権力者となり、そして不正事件によりその地位を退くという、波乱に満ちたものでした。

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