鉄勒

鉄勒：中央ユーラシアを駆け抜けた遊牧民集団

6世紀から7世紀にかけて、中央ユーラシア北部地域に広大な勢力を誇った鉄勒。彼らは突厥とは異なるテュルク系遊牧民の総称であり、その起源は匈奴の末裔や別種とも伝えられています。鉄勒という名称は、テュルク語を音写したものであり、勅勒や丁零などと同じく、多様な部族の集合体であったことを示唆しています。

数多の部族と複雑な勢力図

鉄勒を構成した部族の数は非常に多く、それぞれが独立した遊牧生活を送っていました。その分布域は広範囲に渡り、独洛河（モンゴルの土拉河）北部、ジュンガル盆地周辺、カザフステップ、さらには東ローマ帝国（ビザンツ帝国）の東部地域にもその勢力は及んでいました。

主な部族としては、独洛河北部の俟斤を首長とする部族（2万の兵力）、僕骨部、同羅部、回紇部（後のウイグル）、抜野古部、覆羅部、ジュンガル盆地南部の契弊部（2万の兵力）、薄落職部、乙咥部、蘇婆部、那曷部、烏護部、紇骨部、也咥部、於尼讙部、ジュンガル盆地北部の薛延陀部（1万余りの兵力）、咥勒児部、十槃部、達契部、カザフステップ地域の訶咥部、曷截部、撥忽部、比干部、具海部、曷比悉部、何嵯蘇部、抜也末部、謁達部、東ローマ帝国東部の恩屈部、アラン部、ペチェネグ部、九離部、ブルガール部、バイカル湖南部のトゥバ部などが挙げられます。

さらに、独洛河北部の蒙陳氏、吐如紇氏、思結氏、渾氏、斛薛氏、カスピ海東西地域（8千余りの兵力）の蘇路羯氏、三素咽氏、蔑促氏、薩忽氏などの氏族も存在しました。

九姓鉄勒：台頭した有力部族

多くの部族からなる鉄勒の中から、特に有力な九つの部族が台頭しました。唐はこれを「九姓鉄勒」、突厥は「トクズ・オグズ（九つの部族）」と呼んでいました。しかし、具体的にどの九部族を指すのかは、歴史資料からは明らかになっていません。回紇部、僕骨部、多覧葛部、抜野古部、同羅部、思結部、渾部、斛薛部、奚結部、阿跌部、契苾部、思結別部、白霫部、トゥバ部、骨利干部などが候補として挙げられています。

鉄勒と周辺勢力との関係

鉄勒は東西突厥の影響下に置かれながらも、独自性を保っていました。柔然の討伐に鉄勒が加わった際には、突厥が鉄勒を制圧する場面もありました。隋の時代には、東突厥から離反する動きが活発化し、西突厥との衝突も頻繁に発生します。隋の支配下にあった一部の鉄勒部族は、西突厥の重税に反発して独立を志向し、独自の可汗を擁立しました。

唐の成立後も、鉄勒諸部は唐と複雑な関係を築きました。薛延陀部が台頭し、一時的にモンゴル高原の支配権を掌握するなど、勢力争いは激化します。唐は薛延陀を討伐する一方で、鉄勒諸部と外交関係を結び、多くの部族が唐に帰順しました。唐は帰順した部族を、都督府などを設置して統治しました。回紇部が中心となって東突厥を滅ぼした744年頃以降は、鉄勒という名称は史書から姿を消していきます。

独自の文化と習俗

鉄勒の習俗は突厥と類似していましたが、いくつかの違いも存在しました。男性が結婚後、妻の家にしばらく住み、子が生まれた後に自分の家に帰る習俗や、死者の埋葬を行う点が突厥とは異なっていました。

鉄勒の君主

初期の鉄勒には統一的な君主は存在せず、部族長がそれぞれの部族を率いていました。しかし、西突厥からの独立後には、独自の可汗を擁立するようになり、易勿真莫何可汗、真珠毘伽可汗（夷男）、突利失可汗、頡利倶利薛沙多弥可汗、伊特勿失可汗など、多くの可汗が歴史に登場します。

まとめ

鉄勒は、中央ユーラシアの歴史において重要な役割を果たした遊牧民集団でした。数多くの部族から成り、周辺勢力との複雑な関係を築きながら、独自の文化と政治体制を維持していました。彼らの歴史は、中央ユーラシアの遊牧文化を理解する上で重要な鍵となるでしょう。 彼らの末裔は後にウイグルへと発展していき、その後の歴史にも大きな影響を与えました。鉄勒の歴史を紐解くことは、多民族が交錯したユーラシアのダイナミックな歴史の一端を垣間見ることでもあります。

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