ペチェネグ

ペチェネグ族：草原を駆け抜けた遊牧民の興亡

ペチェネグ族は、8世紀から9世紀にかけてカスピ海北の草原で形成された遊牧民の部族同盟です。その名はテュルク語で「義兄弟」を意味し、中国の史書にもその痕跡が見られます。

歴史

成立と移動

ペチェネグ族は元々、アラル海とシルダリヤ川中流域に居住していましたが、9世紀初頭にテュルク系民族のオグズに敗れ、ウラル山地南部へと移動しました。その後、ハザールとオグズの圧迫を受け、マジャル人を追い出してヴォルガ川下流域からドナウ川河口に至る広大な草原地帯を支配し、キエフ・ルーシ、ブルガリア、マジャルといった周辺国にとって大きな脅威となりました。

周辺国との抗争

第一次ブルガリア帝国のシメオン1世は、東ローマ帝国やマジャルに対抗するため、ペチェネグ族と同盟を結びました。ペチェネグ族はブルガリアの要請を受け、マジャルを攻撃し、パンノニア平原へと追いやることに成功しました。南ルーシではハザール可汗国の権威が失墜し、ペチェネグ族がその地位を奪いました。東ローマ帝国はペチェネグ族と同盟を結ぶ一方で、ブルガリアと対立するキエフ・ルーシとも同盟を結び、両面外交を展開しました。

キエフ・ルーシとの戦い

971年、キエフ大公スヴャトスラフ1世はブルガリアに侵攻し、その地に留まろうとしましたが、東ローマ帝国はペチェネグ族を利用してキエフ・ルーシ軍を壊滅させ、スヴャトスラフ1世を戦死させました。ペチェネグ族は915年から1世紀以上にわたりキエフ・ルーシに侵入を繰り返しましたが、1036年にキエフ大公ヤロスラフ1世に大敗し、その支配下に入りました。

東ローマ帝国への侵入と民族の解体

11世紀中ごろ、ペチェネグ族の一部はドナウ川を渡り、東ローマ帝国領に侵入しました。彼らは旧ブルガリアの反乱分子に加担し、東ローマ帝国の新たな脅威となりましたが、東ローマ皇帝アレクシオス1世コムネノスの要請を受けたポロヴェツ族の攻撃を受け、壊滅的な打撃を受けました。12世紀に入ると、ペチェネグ族は民族としての解体を始め、ブルガール人、ポロヴェツ人、マジャル人などに吸収されていきました。

政治体制と社会構造

ペチェネグ族の政治体制は、典型的なアルタイ系遊牧民と同様に、集会を開いて首長を選出するなどの方針を決定しました。彼らの優れた機動力は、部族の集結に要する時間が短いことにも表れています。「首都」と呼べるものは存在しませんでしたが、ローシ川付近が中心地であったと考えられています。

言語系統

ペチェネグ族の言語はテュルク諸語のオグス語派に属すると考えられています。しかし、その構成部族にはイラン系のサルマートやフィン・ウゴル系の諸族も含まれていたため、一概にテュルク系とは言い切れません。初期のペチェネグ族はトカラ語の一種を使用していたという説もあります。

現代への影響

ペチェネグ人の系統に最も近い現存する民族はガガウズ人とされています。彼らの文化や言語に、ペチェネグ族の痕跡を辿ることができるかもしれません。また、一部のペチェネグ人はルーシ諸侯の同盟者となり、ポロヴェツ人の侵入を防ぐ役割を担いました。

ペチェネグ族は、その短い歴史の中で、周辺の国々に大きな影響を与えました。彼らの興亡は、ユーラシア大陸の歴史を理解する上で重要な要素の一つと言えるでしょう。

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