銀座アスター食品

東京都中央区銀座に本社を置く、中国料理の製造販売およびレストラン経営を主業務とする企業が、銀座アスター食品株式会社です。その社名は、中国上海に位置する歴史あるホテル「浦江飯店」（かつては「アスター・ハウス・ホテル」と呼ばれていました）に由来しており、創業者の中国料理への深い敬意と、国際的な視野を示唆しています。

同社の礎を築いたのは、創業者である矢谷彦七（1888年-1967年）氏です。彼は若かりし頃、東洋汽船の貨物船で事務長を務め、その後牛乳配達業を営むなど、多様な経験を積みました。1918年（大正7年）には、築地に事務所を構え、オーストラリアやニュージーランドからバターを輸入し、販売する事業を開始します。この事業は急速に拡大し、帝国ホテルなどの主要な顧客への納入を通じて、一時は国内のバター流通量の約6割を取り扱うまでに成長しました。しかし、矢谷氏は新たな事業機会を求め、この成功していたバター事業を他社に譲渡することで多額の資金を得ました。

次に彼が目を向けたのは、当時アメリカで人気が高まっていたチャプスイ（アメリカ風中華料理）のレストランでした。これを手本に、1926年（昭和元年）、銀座の地に「アメリカン・チャプスイ・ハウス・レストラン」と名付けた中華料理店「アスター」を開業しました。この店は、斬新なコンセプトで大きな話題となりました。1階は洗練されたアメリカ風のインテリアが施され、2階には広々とした宴会スペースが設けられていました。厨房では中国人コックが腕を振るい、接客は若い女性（当時の表現で「少女」）が担当し、食事にはフォークとナイフが用いられるなど、従来の日本の中華料理店のイメージとは一線を画していました。この独自のスタイルが評判を呼び、店は瞬く間に繁盛しました。しかし、矢谷氏は現状に満足せず、やがて中国人料理人からの専門的な助言を取り入れ、より本場の味を追求する本格的な中華料理店へと転換を図っていきました。

第二次世界大戦の戦禍により、店舗は大きな損害を受けましたが、戦後の混乱期を乗り越え、1946年（昭和21年）には再建を果たしました。再開当初は喫茶店として営業していましたが、1948年（昭和23年）には再び中華料理店としての営業を本格的に開始しました。この時期から、レストラン事業に加え、百貨店の食品売り場への進出を積極的に行い、餃子や焼売といった中華惣菜の製造販売を開始しました。これが新たな収益源となり、事業の多角化と成長を加速させました。その事業拡大に伴い、社名も現在の「銀座アスター食品株式会社」に改称されました。特に1950年代には、同社が提供する焼売弁当が駅弁などとしても販売され、手軽に楽しめる美味しい中華として多くの人々に愛されるヒット商品となりました。

現在、銀座アスター食品株式会社は、創業の地である関東地方を中心に、東海地方や関西地方にまで店舗網を広げています。洗練された空間でゆっくりと食事を楽しむレストラン業態に加え、家庭で手軽に本格的な中国料理を楽しめるよう、中華惣菜や弁当などを販売するデリショップ（持ち帰り専門店）も多数展開しています。

同社の歴史を彩る要素の一つに、マスコットキャラクターの「アスターちゃん」が挙げられます。チャイナドレスを身にまとい、左頬にご飯粒をつけた愛らしい姿が特徴で、これは現在副会長を務める太田喜久子氏の発案によるものです。昭和30年代から40年代にかけて、このアスターちゃんの絵柄が入ったシールが、レストランでの飲食会計時や焼売弁当などの商品購入者に配布されました。このシールを集めると、アスターちゃんの人形と交換できるというキャンペーンが、当時の子供たちの間で大変な人気を集めました。現在では、当時のアスターちゃん人形や関連グッズは、貴重なコレクションアイテムとして古物収集家の間で人気を博しています。

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