鎧を着たフェリペ2世の肖像

『鎧を着たフェリペ2世の肖像』

『鎧を着たフェリペ2世の肖像』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1551年に描いた油彩画です。この作品は、当時20代前半だったスペイン国王フェリペ2世の全身像を描いたもので、現在ではマドリードのプラド美術館に所蔵されています。

制作の背景

ティツィアーノは、フェリペ2世がまだ王太子だった頃に、ミラノとアウグスブルクで会っています。この2度の機会に、それぞれ皇太子の肖像画を制作しました。最初の機会は1548年12月から1549年1月にかけて、ミラノを訪問した際です。この時制作した肖像画の対価として、ティツィアーノは1000エスクードを受け取っています。さらに、フェリペ2世の叔母であるハンガリー王妃マリア・フォン・エスターライヒと、スペイン・ハプスブルク家に仕えた枢機卿アントワーヌ・ド・グランヴェルのための複製制作後にも報酬を得ています。

もう一つの機会は、1550年11月から1551年にかけてのアウグスブルクへの2度目の訪問時です。この時に制作されたのが、本作品であると考えられています。しかし、1551年5月16日付けでフェリペ2世はハンガリー王妃マリアに宛てた手紙の中で、この肖像画について不満を漏らしています。彼は「鎧を身に着けた私の肖像画は、よく似ているが、急いで描かれたことが容易にわかる出来であり、もしもっと時間があれば、もう一度描いてもらえたはずだ」と述べています。

作品の詳細

ティツィアーノは、フェリペ2世を王の威厳を示す堂々とした身振りで描いています。フェリペ2世が身につけている黒い鎧は、アウグスブルクのコールマン・ヘルムシュミットが制作したもので、金象嵌が施されています。背景には深紅のベルベットで覆われたテーブルが配置され、その上に黒い兜が置かれています。フェリペ2世は右手を伸ばしてその兜の上に置き、左手で帯剣した剣の鞘を握りながら、鑑賞者を見つめています。

ここに描かれた甲冑は祝祭用のものであり、現在もマドリード王立武具博物館に所蔵されています。さらに、テーブルの奥の暗い背景の画面左端には大きな石柱が描かれています。ティツィアーノは、石柱や甲冑、テーブルといった要素に重点を置くことで、君主の威厳を強調しています。一方で、フェリペ2世を実際の中背で屈強な人物像ではなく、すらっとした理想的な君主像として描いています。

一般的に、本作品はフェリペ2世が1551年の手紙の中で言及した肖像画と同一視されています。しかし、美術史家チャールズ・ホープはこれに異を唱えています。フェリペ2世の「急いで」という言葉は、肖像画が洗練されていないか、品質が悪いことを示唆しているのに対し、ホープは本作品が壮大かつ詳細に描かれており、完成度が高いと指摘しています。彼は、フェリペ2世の不満は不当であり、この作品は1549年のバージョンであると主張しました。

1549年の肖像画と同様に、本作品も複数の複製が制作されたことが分かっています。1553年のフェリペ2世の目録と1558年のハンガリー王妃マリアの目録には、プラド美術館のバージョンと一致する肖像画が記載されています。このことから、プラド美術館のバージョンが、フェリペ2世が自分のために保管していた1551年のオリジナルの肖像画であり、マリアのために制作された複製は所在不明であると考えられています。

X線撮影を用いた科学的調査により、ティツィアーノが依頼者の父であるカール5世の全身肖像画の上に、フェリペ2世の肖像画を描いたことが明らかになっています。カール5世は、1604年のエル・パルド王宮の火災で焼失した肖像画（フアン・パントーハ・デ・ラ・クルスによる複製で知られる）と同じく、鎧を着た姿で描かれていました。

来歴

この作品は1747年にマドリードの新王宮で記録されています。ハンガリー王妃マリアに送られたバージョンは、1551年11月19日に、後にフェリペ2世と結婚するイングランド女王メアリー1世に肖像画を展示する際の説明書をつけて送られました。この肖像画は、1554年の結婚後にマリアに返還され、その2年後に王妃はスペインに持ち帰っています。

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[関連作品の画像ギャラリー]

参考文献

『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
イアン・G・ケネディー『ティツィアーノ』Taschen（2009年）

外部リンク

* プラド美術館公式サイトの該当ページへのリンク'>プラド美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『フェリペ2世』

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