アントワーヌ・ド・グランヴェル

アントワーヌ・ペルノ・ド・グランヴェル枢機卿（1517年-1586年）は、16世紀ヨーロッパを舞台に活躍した、影響力を持つ人物でした。フランス・フランシュ＝コンテ出身の聖職者であり、スペイン・ハプスブルク家に仕え、ヨーロッパ政治の中枢で重要な役割を果たしました。

グランヴェルは、ブルゴーニュ自由伯領ブザンソンで生まれました。彼の父ニコラはカール5世の信頼厚い大臣であり、ネーデルラントで大きな影響力を持っていました。グランヴェル自身も、パドヴァ大学で法学、ルーヴァン大学で神学を学び、23歳でアラス司教に任じられるなど、若くして頭角を現しました。その後、メヘレン大司教、ブザンソン大司教と昇進を重ね、トリエント公会議への派遣など、聖職者としての能力を高く評価されていました。

しかしグランヴェルの活動は聖職のみに留まりませんでした。彼は次第に外交に比重を置き、困難な和平交渉などに携わります。父の死後、大臣職を継承し、カール5世と共にザクセン選帝侯モーリッツとの戦いにも参加、パッサウの和議締結にも貢献しました。イングランド女王メアリー1世とフェリペ2世（当時スペイン皇太子）の結婚交渉を指揮するなど、外交手腕を発揮しました。

カール5世の退位後、グランヴェルはネーデルラント政策の中心人物となります。カトー・カンブレジ条約の締結にも関与し、ネーデルラント総督マルゲリータ・ディ・パルマの宰相に任命されました。この間、彼はプロテスタント弾圧に力を注ぎましたが、宗教対立の激化によりスペインへ召喚され、1564年に解任、フランシュ＝コンテへ引退しました。

一時的に静観を保った後、フェリペ2世に招かれ、ローマでオスマン帝国への対抗策として、教皇庁、ヴェネツィア共和国、スペイン帝国間の同盟関係構築に尽力しました。この外交活動は、レパントの海戦の勝利に貢献したと考えられています。その後、イタリア問題担当大臣としてマドリードで活躍し、スペイン＝ポルトガル同君連合の成立、スペイン王女とサヴォイア公の結婚など、数々の外交的成果を挙げました。晩年は肺病に苦しみ、1586年にマドリードで亡くなりました。

グランヴェルは、美術収集家としても有名でした。ティツィアーノやレオーネ・レオーニといったハプスブルク家が好んだ芸術家たちの作品に加え、父から受け継いだコレクション、そしてピーテル・ブリューゲル作品も所有していました。彫刻家ジャック・ジョンケリンクは、ブリュッセルにあるグランヴェルの邸宅に工房を構えていたほどです。彼はアントニス・モルを発掘し、マドリード宮廷に紹介するなど、芸術家たちの育成にも貢献しました。ジャンボローニャの後援や、イタリアへの旅行支援も行っています。彼の死後、コレクションは甥が相続しましたが、皇帝ルドルフ2世の干渉もあり、多くはウィーンまたはマドリードに所蔵されることになりました。また、彼は壮大な図書館も所有しており、一部は現在もブザンソンに残っています。グランヴェルは、政治家、聖職者、そして美術愛好家として、16世紀ヨーロッパの歴史に大きな足跡を残した人物と言えるでしょう。

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